正月旅行に家族と行かずに友人達と行く。
こんな旅行もきっと楽しいはずだ。














Step:××  湯けむりハロ事件
            ~さよならハロ、フォーエバー~












 「お父様、お母様、お兄様、お義姉様、あけましておめでとうございます。
 今年もどうぞよろしくお願いします。」








 1月1日、家では毎年恒例、家族への挨拶が行われていた。
と言ってもそんなに大げさなものではなく、あくまでも内々での事だ。
それでも礼儀に重きをなすと言われているこの家では欠かせないイベントなのだが。
軍中でこれでも礼儀作法をマスターした家の令嬢なのか、と疑われるような言葉遣いをするももちろん正真正銘、この家の娘だ。
今年もこの行事は無事に終了した。最年少者であるの挨拶で終わるからである。
原則として家ではこのイベントが終わってからしか、外部の人とは面会しない。
たとえそれがアスランだろうが、評議会議長のザラ氏であろうが同じ事だ。
そう、の従兄アスランはこの寒い中、ずっと外で待ちぼうけを食らっていたのである。













































 「アスラン、あけましておめでとう!! どうしたの、新年早々なんか急用?」



「・・・、一応さっきまであの挨拶会やってたんだろ?
 とても信じられないけど。」


「それはどういう意味でしょうか、アスラン。喧嘩なら買いますが?」














ようやく部屋へと通されたアスランは、凍えた身体を暖めようと暖炉の傍でくつろぎながらもそうそう、と嬉しそうに言った。









「うん。ディアッカの和風庭園造りの別荘にみんなで泊まりに行こうって計画したんだ。
 だからも絶対参加。さっきの叔父上と叔母上には了解とってきたし。」











最初は渋っていただが、アスランがここぞとばかりに温泉もある、と付け加えると、がざごそと大きな旅行カバンを取り出してきた。
そして衣裳部屋に持って入ると、なにやらあれこれと詰めだした。
行く気になったと判断したアスランは、手伝う事はないかと衣裳部屋の方へ行きかける。
当然中からの怒気を孕んだ声が響き渡る。











「なに入って来ようとしてんの。すぐに準備終わるから外で待ってて。車が必要だったら用意させといて。」




「いや、入ろうだなんて思ってないよ、昔じゃないんだから。ただ手伝う事はないかなって・・・。」






すると中から例の旅行カバンが放り出される。これを持って行っとけという無言の指示である。
仕方なくアスランは彼女の部屋から出て、思い出したようにハロを呼び、再び外で待つ羽目になった。
当のがなんとも可愛らしい格好で出てくるのは、それから20分ほどした後である。

















 「母上、はどこかへ出かけたのですか? 先程アスランが来ていたようですが・・・。」


「えぇ、同僚のエルスマン様の別荘で温泉旅行ですって。いいわね、温泉だなんて。」




本邦初公開、彼女の兄の出番はおそらくこれが最初で最後だと思われる。


















































 「おっ、。あけましておめでとう、今年もよろしく!!」








 別荘に到着すると、そこには既におなじみの面々3人が待っていた。
はアスランに荷物を任せると、うっすらとまだ雪の積もっている道を駆けて3人の元へと行く。







「あけましておめでとう、ディアッカ、イザーク、ニコル。ディアッカ、今日はありがとう。
 私温泉に入れるって聞いて、嬉しくて!」


、ちゃんと荷物持って来たのか? これ軽いぞ?」




ようやくやって来たアスランは、両手に自分のとのカバンを提げ、いぶかしげに彼女に尋ねた。
母屋へと歩きつつ、はだってそんなにいらないでしょと言ってのけた。
裕福な家に生まれながらも必要最低限の物しか持たないというのは、ケチなのではなくて、もっとも好ましい状態だ。
すぐに母屋へと到着すると、いよいよお楽しみの温泉タイムの始まりだ。


























































 「気持ちい~。ん~~~、やっぱり温泉最高!!」










 たった1人で広い湯船に浸かっているは、敷居越しに男湯のアスランに尋ねた。







「ねー、アスランーー。ハロって防水加工してあったっけ~?」






彼の大丈夫、という言葉が途中でうわっという叫び声に変わった。見えはしないが、きっとディアッカあたりに水中に沈められでもしたのだろう。
男湯の方は4人もいるのだから、にぎやかで当然だ。その声もしっかりの耳に入ってくる。
はくすくすと笑うと、ハロを水に浸けてみた。水上ですらすいすいと泳ぐ、むしろ浮いているハロは見かけによらず器用なようだ。
一方男湯では案の定、アスランがいじめられていた。
彼で遊ぶ事にも飽きてしまったのか、ディアッカは何かを思い出し、そして隣には聞こえないように小声でささやいた。














 「あ、そういえばハロと言えばさ、・・・あれに盗撮機能とかついてねぇの?」






ディアッカの言葉に途端に静まり返る浴場。
色とりどりの6つの目がアスランに突き刺さる。
やはり年頃、こういう危なく、アヤシイ事は気になってしょうがないと見える。
アスランは懸命に専用ハロの搭載機能を思い出していた。
ロック解除、人工知能を上げてみた、映像メモリー・・・。
思えば我ながら素晴らしい機能を搭載したと完成当時は1人悦に入っていたものだ。
その事を人に教えるのはもったいないと、持ち主のにも知らせていない。











「あ、あったかも、しれない・・・。映像メモリーが・・・。」








彼がそう言ったと同時に、女湯の方から悲鳴が上がった。明らかに湯気ではない煙が敷居越しにも見える。
ただ事でない状況に、イザークは勢いよく立ち上がった。そして大声で呼びかける。












っ、何があった!! 爆発したのかっ!? 盗撮機能が作動したのか!?」









いくら呼んでも返事がない。まさか湯船で倒れたとか、とニコルが不穏な発言をする。
色を失うアスランとイザーク。呆然とその場に立ち尽くしたかと思うと、ほぼ同時に脱衣所へと向かう。
電光石火のその速さは、アカデミー仕込みだ。
2人の背中をぼんやりと見送るニコルとディアッカ。










「僕達はもうちょっと様子を見てみましょう。もう少ししたら、面白い声が聞けるかもしれませんよ。
 相手はですし、アスラン達はきっと向こうに行ったんでしょうし。」


「へぇ・・・?」









ほどなくして、彼らは本当に面白い声を聞くことになる。


























































 は手の中のハロの残骸をぼんやりと見つめていた。
防水加工も熱には弱かったのか、回線がショートして吹っ飛んだのである。
きわめて小規模な爆発で、幸い怪我もなかったのだが、ハロの心臓部に当たるパーツを手に取り、イザークの言った言葉を思い出していた。














『―――盗撮機能が作動したのか!?』











「へぇ・・・。アスランもやってくれるじゃない。しかも動画でしょ、映像ってことは。
 ふざけんじゃないわよ。」











はそう呟くと、無造作に1つのパーツをつまみあげた。形からして、これがきっとその例のブツなのだろう。
機械関係にはあまり強くないにもそのくらいの基礎知識は心得ている。
彼女は隣に向かって声を張り上げた。アスランに直談判するつもりである。
















 「ちょっとー。ハロが吹っ飛んだんだけど、アスランは?」






が、返ってきた声はアスランのものではなく、ニコルだった。






「アスランですか? さっきイザークと外に出て行ったんですよ。もうすぐそっちに着くんじゃないんですか?
 あ、これ一応投げときますね。長さとかよくわかんないし、木でもないし、そこら辺のパイプなんですけど。」




ディアッカの焦った、おい、それ折ったのかお前、という声を完全に無視して、ニコルは棒を投げて寄越した。
お湯の上に浮かんだそれは、確かに温泉にありそうなパイプである。
とりあえず何のためだか拾っておいて、横にぷかぷかを浮かせていると、突然外が騒がしくなった。



















「「っ!!」」










浴場に飛び込んできたのは水も滴る浴衣姿の美男2人。
何事かと思い、自分の今の姿をすっかり忘れて彼らの方を向き立ち上がる。
当然のごとく目の合う3人。しばしの沈黙が流れる。
男湯ではディアッカは惜しそうに、あの2人いいよな、の裸見れてとニコルに聞こえないように呟く。







「言っときますけど、を変な目で見ちゃいけませんよ。
 きっとあっちは今そんな和やかな雰囲気じゃなくて、修羅場でしょうから。」




しっかり聞こえていた。




































 女湯では3人が硬直していた、ように見えた。
アスランとイザークは目の前の出来事に混乱していた。
倒れたのかもしれないというは冷めた目でこっちを凝視している。
そんな彼女の姿は素肌に白いタオルを巻きつけただけという、なんとも目のやり場に困る姿だ。
女性の裸など見る機会のまったくない2人が混乱するのも必定である。
とりあえず何も見なかった事にして2人は後ろを向き、元来た道を戻ろうと試みた。
が、その時、アスランの後頭部に硬い金属がぶつけられた。
落ちたそれを拾って見たアスランは愕然とした。自作のハロが、見るも無残な姿でいるのだ。


















「アスラン。」








の絶対零度の声が静かに発せられる。
手にはパイプが握られている。これは以前も経験した事がある。
イザークと喧嘩の挙句にあんた呼ばわりした、あのぶち切れたときと気配がまるで同じなのだ。
アスランは極力の怒りを鎮めようと、必殺の微笑を見せる。












「なに、。あ、ごめんね、すぐに戻るから。な、イザーク。」



「そうだなっ。」







仲良く相槌を打ち、この場から逃れようとする2人。もちろんが彼らを逃すはずがない。









「こういう時だけ一致団結してんじゃないわよ、イザークも、アスランも。
 盗撮? ふざけた真似してくれるじゃない。ねぇ、アスラン?」









にっこりと美しすぎるまでに微笑むと、はいつの間にかアスランに近づき、容赦なくパイプを振るった。
なんとも奇妙な音を立て床に転がった彼を見ると、今度はイザークの方を向き直る。






、落ち着くんだ。そうだ、まずはその身体を何とかしろっ。風邪をひくぞ!」


「心配してくれてありがとう。でも、ちょっと眠っててね。」








アスランの横にイザークもまた転がった。2人が動き出す気配はない。
しっかりと生命に関わらない、後遺症も残らない場所に一撃を放ったのである。
は彼らを見届けると、さっさと脱衣所へと入って行った。







































 その後、アスランとイザークはしきりに頭痛を訴えながら、部屋へと戻ってきたが、に多少の罪悪感を持っていた。
しかし2人の具合を心配して訪れた彼女に素直にごめんなさい、と謝られた。
もちろん2人も自らの早とちりの早合点を詫び、その場は何とか丸く収まった。
新年早々、また大喧嘩をエルスマン宅でやらかすのには、さすがに気が滅入ったのだろう。
酒を抜いた夕食は、アカデミー時代の話などで盛り上がり、翌日の解散までこれといった喧嘩を起こすことなく過ごした。
この間に盗撮の「と」の字も出されなかったのだから、なんの為にハロが壊れたのかすら忘れかけられていた。





 そしてその数日後、の部屋に新しいハロがやって来た。
色も前のと同じ、紺色に水色である。今度はまともな機能しかついていないということだ。
ちなみにが手に入れた、初代ハロの映像メモリーは彼女自身が問題の部分をカットして、アルバムとして大切に保管している。






目次に戻る