目が覚めると消えてしまうのが夢の夢らしい所である。
よりによってこんな夢を覚えているなんて、つくづく運がないのかもしれない。














Step:8,5  夢の中では旦那様
            ~どこをどうして桃色未来~












 その日、イザークは夢を見た。

















「・・ザーク、イザーク起きて、遅れるわよ・・・。」





聞き覚えのある声で呼び起こされた。
ただし、起こされたのはイザークではない。
イザークが見ているイザークだった。









「なんだこれはぁっ!! なぜ俺が2人いる・・・!!」









彼はずかずかとベッドで横になっているイザークに歩み寄った。
そして目を剥く。今、彼が見ているのは明らかに17歳の彼ではなかった。
もっと大人びた、20歳を少し過ぎたくらいの相変わらず端正な顔立ちをした彼がそこにいたのだ。









「ねぇ、起きてってば・・・。」





彼を揺り起こし始めた女性をイザークは見た。
紺の髪に水色の瞳。透き通るような白い肌に稀に見る美貌・・・。









・・・?」






イザークがそう呟いた時、ベッドの上のイザークが目を覚ました。
そしてに向かって優しく微笑みかけると、むくりと身体を起こした。








「おはよう、イザーク。早くしないと仕事に遅れるわよ。
 もたもたしてる暇はないんだからね。」

が俺が仕事に遅れるような時間に起こすわけがないだろう。」








新婚さながらのいちゃつきよう。何がいったいどうなっているのか。
イザークが考えあぐねている間に、いつの間にか2人は部屋の外へと出ていた。
慌てて2人の後をついて行く。
見れば見るほどにこれはジュール家の屋敷だ。
あの部屋も、この窓も、今着いた玄関も全てがジュール家のそれだった。
玄関で2人の会話が聞こえる。















「今日は早くなる。ついでに明日は休みだ。
 どこかに行くか?」



「いい。イザーク疲れてるだろうし、ゆっくりした方がいいわ。
 じゃあ気をつけて行ってきてね。」







そう言って可憐に手を振って見送るの頬にイザークは軽く口付けをした。
そしてにこりと笑うとエレカに乗り込んだ。
彼の姿が見えなくなるのを見計らって、は再び屋敷の中へと入って行った。







「な、なんなんだあれは!! あれではまるで・・・!!」




次の言葉を言おうとしてイザークは愕然とした。
あれではまるで夫婦である。いや、実際そうなのかもしれない。
しかもあの自分の笑顔と甘さはなんだろう。
の性格までもが劇的に変化している。あいつはもっとがさつな奴だ。
かなりに対して失礼な事ばかり考えている間にも、彼女はどんどん先へと進んでいく。
というか、どうやらこの中での時間の進みは現実よりも幾分か速く作られているようだ。
かなり日々の生活に割愛部分がある。
が入って行ったのは応接間である。そこに待っていたのは。




















「ディアッカぁっ!! 貴様なぜここに!?」





無論イザークの叫び声が2人に聞こえるはずがない。
大人になってもやはり茶色に金という色合いの彼は、目の前の美女ににっと笑いかける。
その彼の隣にはイライラとした様子で腕を組んでいるイザークが腰掛けている。
ディアッカがからかうように言った。








「イザークの奴があちこちで惚気てるって聞いたからこうやって来たけどよ、
 さすがジュール家の若奥様、器量も容姿も一流だな。それは昔からだけど。」



「んな事言ってもお茶しか出さないわよ。何か用?」




親しげに会話する2人を見比べながらイザークは少しほっとしていた。
確かにこの2人の仲は当時から変わっていないが、それ以上の関係もなさそうで、浮気などという怪しげなものとは無縁のようだ。
2人の間ではしばらく他愛ない世間話が繰り広げられる。







「・・・ま、せいぜい浮気されないようにするんだな。
 イザークにその気がなくても、あいつ昔っから顔はいいからあっちから寄って来るからな。」



はきれいに微笑んで言った。




「浮気なんてした暁には・・・、返り討ちにしてくれるわ。」




なぜだか1つ余分に用意されていたカップに勝手に茶を注いで飲んでいたイザークが、
彼女のその自信たっぷりの発言にお茶を噴き出しかけた。






































 その夜、イザークは本当に早く帰ってきた。
と言っても17歳の彼に20過ぎの彼に帰宅時間など知るはずがないのだから、どれだけ早いのかはよくわからなかったのだが。







「お帰りなさい。疲れた顔してる。
 無理したんじゃないの?」



疲労の色が濃いイザークを気遣うようにがそっと声をかける。






「いや、今日はディアッカが来なかったんだ。
 まったく、いきなり休むと言いおって・・・!!」



「ディアッカ? 今日家に来たわよ。」
「なにぃっ!?」






急に怒り出した彼をおかしそうに見つめながら、は真剣な顔になって言った。
その顔にイザークは見覚えがあった。それは例えば出撃前のような。





「浮気・・・してないわよね・・・?
 してた時はもれなく・・・・・・、なぎ払うわよ。」








元軍人で棒術の名手でもある彼女が言うと、あながち冗談が冗談に聞こえない。
浮気したらし返す、などと言ってのける辺りなど、本当にやりかねない。
イザークはふっと軽く笑うと、をベッドの上に腰掛けさせ、彼女の華奢な肩に手を置いた。
2人の視線が空中で絡まりあう。







「貴様以上の女など俺は知らんし、会った事もない。心にもない事を言うな。
 、お前も俺以上の男などどこを探してもおらんのに探すな。」


「自意識過剰ね・・・。」





の言葉は最後まではよく聞こえなかった。
イザークが彼女をゆっくりと押し倒しながら、その唇に口付けをしたからだ。
彼の唇はそのままの身体の下の方へと徐々に降りていく。
17歳のイザークはかわいそうなほどに顔を赤くしていた。
他でもない、未来とおぼしき自分とがとんでもない事になっているのだ。
いくらそれが自分であろうとなかろうと、彼には少々辛すぎる光景だったかもしれない。
トラウマになりそうだ。
彼はいたたまれなくなって部屋を飛び出した。
目の前の風景がぐにゃりと歪んだ。



















































 「・・・ザーク、イザーク起きて、遅れるわよ・・・。」





聞き覚えのある声で呼び起こされた。うっすらと目を開ける。
すると紺の髪に水色の瞳をした美少女の顔がかなりの至近距離で映し出された。







・・・か?」

「そうよ、アスランじゃなくて私。よ。」




イザークはいきなり身を起こした。
そしての細い腕をぐいと引くと、もう片方の手で彼女の制服の襟の部分を何のためらいもなく寛げた。







「イ、イザー・・・っ!! 何やって・・・!!
 きゃあっ!!」





の必死の抵抗も空しく、彼女の首元が露わになった。日に焼けていない真っ白い肌がまぶしい。
イザークは何も言わずにの首元に触れた。
ひんやりとした感触に、は思わずぞくりとなって身体を震わせる。







「・・・ない。良かった・・・。」


「い・・・、い・・・、いっやぁーーーーーーーーーーーっ!!」




イザークがほっとしたのも束の間、の口から悲鳴が漏れた。
その声にすぐさまアスラン達が飛び込んでくる。
アスランがやって来た途端にが彼に抱きつく。
頼りにされてちょっと嬉しいアスランは、彼女の背をなでながら、優しく尋ねた。








「どうした? イザークに何かされたのか?」


「イザークが・・・、私の制服を・・・、首元を触ったの・・・。」





そう言うときっとイザークを睨みつけた。
手にはどこから取り出してきたのか、愛用の棒が握られている。
今にも打ちのめさんとする勢いだ。
美人が怒るともっと美しく見えるというが、それはどうやら正しい。








「ち、違うっ!! 待てっ! 俺はただ夢で・・・!!」

「「「「夢?」」」」






身の危険に晒すより、ここは正直に話した方が良いと悟ったイザークは夢について話し出した。
未来のような世界に迷い込んだ事。そこではイザークとが結婚していて、一緒に暮らしていた事。
浮気をするなと言ったを・・・、そこからはさすがに話すのをやめて、夢から覚めたということにした。







「・・・だからイザークはの身に何もなかったか調べようとしたんですね。
 馬鹿じゃないですか? 夢なのに。」




容赦なく言い放つニコルに返す言葉もない。
ニコルの傍らでは被害者の保護者、もとい従兄のアスランがうんうんと頷きまくっている。
当のと言えば、先程までの怒りは彼に対する呆れと共に冷めてしまったのか、じっとイザークの顔を見つめている。
そしておもむろに立ち上がると、自分の顔をぐいっとイザークの顔に近づけた。
それはもう、あと少しで鼻がくっつかんばかりに。







・・・っ!?」



焦りに焦った声でイザークが彼女の名を呼ぶと、は顔を離して言った。





「今イザークが見てるのは私よ。でも良かった。
 未来にイザーク生きてて。ほっとしちゃった。」





綺麗に微笑む彼女につられるようにしてイザークをはじめとする少年達も頬を緩めた。
事件は一件落着したかに見えた。
が、このほんわかとした雰囲気をぶち壊した茶色に金髪の男がいた。
























「夢って人に話すと現実になるって言うよな。
 イザーク、お前少なくともここにいる4人は話してる訳だし、現実になる可能性少なくはないよな。」












数時間後、某隊の赤服パイロット4人がそれぞれ得物を手に取りディアッカを攻撃していたとか、
ディアッカが全身血まみれで医務室に引きずられて行っていたとか、まことしやかな噂が艦内を駆け巡っていたそうだ。







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