現世に微睡む




 初めは2人。少しして3人。
1人減りまた2人きりとなり、手のひらから零れ落ちるように独りぼっちになった。
こうして3人揃うようになるまでに様々なことがあった。
元に戻らなくなった関係もある。
戻りたいかと問われれば、もちろんと即答できる。
だが、それは独りよがりのわがままだ。
孫策は、自分とまるきり同じ格好へ扮装しているへ視線を向けた。
父の代から孫家に仕えている股肱の将たちと、新調したばかりの武器の出来を確かめているらしい。
武器ももちろん重さ以外はそっくりだ。
さすがに膂力まで似せることはできなかったようだ。



「・・・うん、これなら私でも孫策と同じように動かせます」
「しかしそれではちと威力が足りんのではないか?」
「そうかあ? これでも殴られたら充分痛そうだぞ」
「そんなに気になるなら韓当殿で試してみましょうか」
「ふむ、名案か」
「ええ~勘弁してくれよお、程普殿」


 こうだったかなと、が武器を手にしたまま天を仰いでいる。
おそらく記憶の中の主君の勇姿を思い出しているのだろう。
想像と実際の動きは、必ずしも一致しない。
その持ち方は危ない、自分の体を傷つけてしまう。
の覚束ない手捌きに、思わず腰を浮かせる。
孫策は慌ただしく席を立つと、に駆け寄った。
突然の本人登場に狼狽えているの手に、自分の手を添える。
ひと回り以上小さな手は、練習の賜物か肉刺があちこちにできている。



「ここはこうやって、殴るときはこう」
「ええと・・・」
「孫策殿、が困っておる」
「俺の代わりやってくれるんなら、俺が教えた方がいいだろ! なぁ!」
「そうなんだろうけど、こうして一緒にいると孫策には影がいると知られちゃう」
「でも見てらんねぇんだよ、が俺の見た目で怪我するのは」



 に重ねた手に、無意識のうちに力が籠もる。
別れざるを得なかった時に握ったの手は、戦いを知らない優しい手だった。
父孫堅を喪い流浪同然の身となり、口減らしの役に立つならと会ったこともない家にが引き取られてからは、彼女の手の柔らかさを何度も思い出した。
帰ってきた、帰らされた、追い出された、その理由をは決して語ろうとしない。
聞かない方がいいと周瑜は言った。
周瑜は、が孫家に戻ってきた理由を知っているからそう忠告できたのだろう。
孫策はの手を握り締めたまま、の名を呼んだ。



「こんな真似しないとは俺の元にいてくれねぇのか? 俺は昔どおりお前といたい」
「痛いのは私の手かな」
「あっ、わりぃ!」
「ごめんね孫策、まだ貴方になりきれなくて。もう少し練習したら、私も貴方になれるから」
「ならなくていい、俺は望んでなんかない」
「お願い、そんなこと言わないで。私にも守らせて、孫策が守りたい大切なもの」



 守りたいものには、も含まれている。
自分の命が危うい立場に置かれていることは、誰に指摘されるでもなく知っている。
主の命を二度と散らさぬよう、周瑜や程普を初めとした諸将があらゆる手を尽くしていることを知っている。
その手段のひとつが孫伯符の身代わりの存在だ。
身代わりは、いつ犠牲になってもおかしくない。
にはもっとも務めてほしくなかった役目だ。
やめろと言ったところでにはおそらく何も響かない。
戻ってきた彼女は、もはやかつてのではなかったのだから。



「俺が守りたいのはなんだよ、なあ」
「私が守りたいのは孫策なの、同じだね」



 貴方と一緒で、私嬉しい。
やんわりと手を引き剥がし微笑むの目は、別れた少女時代と同じ輝きをしていた。





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