幼少時のエピソードってったらこれだけしか出てきてないけど、
本当はもっとたくさんたくさんあるんだからね。














Data11,5:  こんなつもりじゃなかった
            ~想いの交差点は渋滞中~












 デジタル時計の時を刻む無機質な光が、暗い部屋の中でぼんやりと光る。
人々が寝静まっているはずの時間に、キラは目が覚めた。
さして大きくはない、1人用のベッドの上に、自分ともう1人横たわっている。
何年間も捜し求め、ついに再会を果たした愛する幼なじみ、である。
先程までの行為の後、すぐに気を失ってしまった彼女は何も身につけていない。
しかし眠っていても恥ずかしいものは恥ずかしいのだろうか、毛布をしっかりと巻きつけている。
夜が更ける少し前に彼女をベッドに引き込み、自分の思いすべてを彼女にぶつけて時を過ごした。
死んだように眠っているのは身体が極度の疲れと痛みを訴えたからだろう。







・・・。ごめんね・・・。」




キラは小さく呟くとの、自分とよく似た色をした濃茶の長い髪を手で梳いた。
愛おしくて愛おしくてたまらなかった。
だが、キラはどうしても思い出してしまう。





は今も昔も僕に恋愛感情は抱いていなかった。そうでしょ。』





キラの尋ねた言葉には答えようとしなかった。
キラはわかっていたのだ。
家が近所だった2人は、物心ついた時からほとんど毎日一緒に過ごしてきた。
そんな環境の中ではキラに対して育んできた感情は、恋愛感情からは程遠い、あくまで幼なじみ止まりのものだった。
異性としてではなく、一番最初にできたお兄ちゃんみたいな親友、それがキラ・ヤマトという人だったのだろう。






「だから見せたくなかったんだ、2人にのこと。」






キラは苦笑して、10年とちょっと昔の事を思い出していた。
































 コペルニクスの閑静な住宅街―――。
ヤマト家と家は隣同士の家に住んでいた。
それぞれの家には幼い子どもが1人ずつ。
男の子の方が2歳ほど年上だが、両家の2人の子ども達はとても仲が良かった。







、ぼく今日からよーねんがっこうに行くんだよ!!」


「よーねんかっこう・・・。ことりさんのすに行くの?」



「ちがうよ、がっこうだよがっこう!!
 しょーらいをおよめさんにするには、あたまよくないとだめだからね!!」



「キラ、わたしをおよめさんにするの? わたし、キラのおよめさん?」







 見た目だけは大層可愛らしい幼児だが、推定年齢6歳のキラはいささか、いやかなり早熟な少年だった。
年端も行かない4歳児のにプロポーズ宣言をするなど、成長の早いと言われるコーディネイターの中でもそうある例ではない。
こんな破天荒な彼に出会い、後に大親友となり戦争まで始めてしまったアスランやなどは、彼のそのテンションに初めは引いた事だろう。
事実、アスランは人生初のカルチャーショックを覚えたと証言している。
当時、誰よりも独占欲の強かったキラは、アスランとに決してを紹介しようとしなかった。
2人がキラの家に遊びに来て、もしかしたら鉢合わせというようなシーンも1度や2度はあるはずだったが、
そんな日はキラが早いうちに手回ししてを外に出さないようになどしていた。
ずる賢い少年である。







「ねぇ、キラは今までだれかといっしょに遊んだことなかったの?
 ちがうわよね、トランプとかあるし。」



「えぇ?」






 紺髪に水色の瞳をした、齢6歳にしてすでに未来の美少女の片鱗を覗かせているがキラに尋ねた。
女の勘は鋭かったりするというが、キラはこの勝気な賢い親友の指摘にドキッとした。
彼女の従兄であるアスランにはしらばっくれる事はできても、に同じ手が通用するとは思えない。
キラは同年代にしては遥かに発達した脳をフル回転し、答えを弾き出した。






知らないの? さいきん占いはやってるんだよ。
 相性占いとか、も占ってあげよっか。」


に好きな人なんているわけないだろう。
 いたらその男は果報者だ。」






 キラと同年のはずなのに妙に落ち着き、大人の男を演出しているアスランが淡々と言う。
キラにとってはこの男が少々厄介なのだ。
アスランは自分が気付いていないだけだが、かなりクラスの女子からの人気が高い。
王子様のような微笑に少女達は悩殺される。
そんな天然女性キラーの彼の前に、なんぞ出したりして間違いが起こったらたまったもんじゃない。
キラも何かと苦労しているのだ。
が、彼の努力は自身によって見事にぶっ壊される。


















 それは桜が満開の春の事だった。
アスランとがヤマト家に遊びに来る日だと言うのに、キラの不注意でを外に出してしまったのだ。
もしがアスランやに出会ってしまったら、そう考えるとキラは顔を青ざめさせた。
2人との約束なんて知ったこっちゃないと開き直って、を探しに外に飛び出す。
といってもこの季節、彼女が向かう先は1つしかない。
桜並木のあるベンチだ。
はいつもあそこで降ってくる花びらを手で受け止めて楽しげに笑う。
彼女の手は必ず桜の花びらがいっぱいになる。
いくら掴もうとしても、キラの手には半分もたまらないというのに。
以前キラは不思議に思ってに聞いてみたことがある。
すると彼女はにこっと笑って見えるもんと言うのだ。
18歳のキラになら、その時彼女が言った意味がよくわかる。
おそらく彼女の目は物の動きがゆっくりと見えるのだろう。
彼のガンダムに乗るようになってかなり動体視力は鍛えられたはずだが、天性の彼女にこれから勝る事はないだろう。









、あれ、!?」






絶対にここだという確信を持って1本の桜の木の下にやって来たが、の姿はない。
上の方からキラーと呼ぶ声がする。
もしかしてと思って上を見上げる。
はあろうことか桜の木に登っていたのだ。
しかも運が悪い事に、すぐ近くにアスランとの駆けてくる姿も見える。
キラは焦ってが落下する前に降りるよう促す。






、いいからおりてきてっ!」


「だってキラが外に出ちゃだめって言うんだもん。
 私もここであそびたいのに。」



「ごめんね!! だからゆっくりおりてきて!
 あぶないからっ!」






キラの悲劇はこの数秒後から始まってしまったのだ。
大切に大切に隠しておいた自分だけの宝物が、2人に見つかりがっかりするキラ。
その後も変わらず楽しく4人で過ごしたが、あの日以来はますますキラの告白を受け流すようになった。
それは間違っても鈍感なのせいでも、いいところで話に介入してくるのせいでも、無駄に顔が良いアスランのせいでもない。
ただ1つ、キラが少年時代にから言われた言葉の中でも特に心に残るものがあった。








「キラ、すてきなお友達と会えて私うれしい。
 キラのおかげでみんなに会えたもん。ありがとう。」





その言葉を聞いた時に、もしかしたら当時の彼は自分に勝ち目のない事を知ったのかもしれなかった。




























 「僕は後悔してないよ。の気持ち知った事も、こうなった事も。」





聞かれるはずのないとわかってキラは眠り続けるにそっと語りかけた。
誰にでも優しく、自分を慕ってくれていた彼女ともし、あのままずっと一緒にいたら、あるいはこの邪な想いを持つ事もなかったかもしれない。
中途半端な状態で別れてしまったということが、ここ数年間のへの異常なまでの執着心を持続させたとも言える。







「目が覚めた時、君はどんな瞳で僕を見つめるんだろうね・・・。」




おそらく完璧に嫌われただろう。
好意を抱く事なんて未来永劫あるはずがない。
誰よりも彼女を愛し、誰よりも彼女を大切にしてきたはずなのに、皮肉な話だった。






「ん・・・、シ・・・ン・・・。」






寝言で漏れるのは自分でもアスランでも、でもない知らない男の名前だった。
彼の名前を呟いた時のの幸せそうな顔を見て、キラは自分の彼女への想いがいかに強いかを改めて知った。






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