もしも、あの頃たった1度でも想いを伝えていたら、どうなっていただろう。
彼女の隣にいるのは自分だったかもしれない。














Data××:  初恋は実ってた
            ~新婚ラブラブ疑似体験~












 アスランは久々にプラントに戻っていた。
愛すべき従妹、に会いに行ったのである。
亡きプラント最高評議会議長デュランダルの魔の手が忍び寄っていなかった家は、至って平和だった。
それに居心地もとてもいい。
アスランを暖かく迎え入れてくれる唯一の身内だ。







「あぁ、そういえばには会った?」


「いや・・・。元気にはしてるらしいな。」


「会って行ってあげてよ。もすっごく喜ぶわ。
 今住所書くから待ってて。」






 軍人も辞め実家に戻っていただったが、まったくおしとやかにはなっていない。
いつでもどこでもお構いなくパタパタと走り、活発なお嬢様には、もはや彼女の両親も何も言わない。
親にしてみれば、娘が無事に帰ってきてくれただけで充分なのだ。





「今ね、そこそこのマンション借りて1人暮らししてんの。」


「そうなのか。」





ぽいっと投げ渡されたメモには、の住所が書いてある。
そう遠くもない。
今日中にでも会えそうだ。
アスランはに礼を言うと、愛らしい幼なじみに会うために街へと出かけていった。
































 は家の近くの商店街で夕食の買い物をしていた。
1人暮らしなんて11歳ぐらいの頃以来だが、困るようなことは特になかった。
シンからは同棲しないかとの打診を受けているが、とりあえず断っている。







か?」


「アスランっ!? わ、久しぶりだね。」






 後ろから呼び止められ、くるりと振り向いた。
そこには相変わらず端正な顔立ちをしているアスランがいた。
ずいぶんと懐かしかった。
そして嬉しい。







「夕食の買い物か?」


「うん。あ、アスランも食べてかない?
 家、すぐそこなの。ご馳走するよ?」


「いいのか? じゃあお言葉に甘えて・・・。」







アスランはひょい、とが提げていた買い物袋を取り上げた。
仲良く寄り添って歩く姿は、どこから見ても愛し合う恋人同士にしか見えない。
それほどに、ごくごく自然な行動だった。






「いつから来てたの?
 教えてくれればすぐに会いに行ったのに。」



「俺も行きたかったんだ。
 それでに住所聞いて来たんだ。」



「そっか、にか。」



「ずっとの屋敷でお世話になっていたんだ。」









 とりとめのない話をしながら歩いていると、いつの間にかの家へとやって来ていた。
小ざっぱりとしていて無駄なものがない。
ついでに言うと男っ気もない。
エプロンをつけて台所に立つを見て、アスランはひどく和やかな気分になった。
家とは違う温かさがある。
ささやかな幸せがそこにあるのだ。
このような雰囲気が、アスランは嫌いではなかった。








「今日はアスランがいるから、少し気合いを入れてみたの。」



「料理上手なんだな。」


「ありがとう。アスランが初めてなの。
 私の手料理食べてもらうの。」






 食卓につき皿の上の料理に箸を伸ばす。
どれもとても美味しい。
家庭的で非常に好感が持てる。
アスランはふと、を見つめた。
にこにこと嬉しげに自分を見つめている。
そんなに見つめられると食べにくいのだが。







「なんだか・・・、すごく幸せな気分だな・・・。」



「うん、私も。
 どんどん食べて、私も食べちゃうから。」







新婚ほやほやラブラブ夫婦よろしく食卓を囲む2人の周りには、咲き乱れる花すら見える。
食後の紅茶を飲んでいると、が不意に言った。







 「私ね、ちっちゃい頃アスランのこと大好きだったな。」


「え?」


「初めてアスランと会ったとき。
 アスラン、桜の木から落ちてきた私を拾ってくれたでしょ?
 あの頃からずーっと好きだった。」







 との出会いなら、アスランだってもちろん覚えている。
初めて見たとき、なんて可愛いんだろうと思ったのだ。
まさしく初恋の相手だった。
その想いを彼女に告げたことは1度たりともないが。
というか、そんなことをキラに知れていたら、もれなく自分は抹殺されかねなかった。







「俺ものこと好きだったな・・・。
 可愛くて、優しくて・・・。初恋の人、だったと思う。
 だから、ミネルバで再会した時むちゃくちゃ嬉しかったんだ。」



「もしも、もしもの話だよ?
 あの時私がいなくならなかったら・・・、そしたら私たち。」







 もしも、その言葉は仮定であり、限りなく非現実的な夢を物語っていた。
好きだったのだ、お互いに相手のことが。
少し互いが恥ずかしがり屋で、ほんの少し時間が短かったから、その『もしも』は『もしも』の仮定のまま消えてしまったのだ。


アスランはゆっくりとを見た。
今は好きでない、と言えば嘘になる。
今も好きだ、と言ってもそれは嘘にしかならない。
年月がそうさせたのだ。
が好きなことに変わりはないが、それはあくまで友人として、幼なじみとしての『好き』なのである。
きっとにしたって同じだろう。
今、彼女が愛しているのは自分でも、ましてやキラでもなく、シンというちょっと頭の悪い1人の青年なのだ。
アスランは2人の仲を単純に祝福していた。
の保護者代わりとして、彼女の幸せを願ってやまないのだ。








 「。・・・昔は、昔だろう?
 今はシンがいるじゃないか。」



「そうだよ、そうだけど・・・。
 なんだか・・・・・・、人生っていろんな道があったんだね。
 後悔はしてないけど。」



「俺だってそうさ。」





とアスランは顔を見合わせた。
どちらからともなく、互いに笑いあっていた。






「そろそろ帰ろうかな。あんまり長居してもまずいだろうし。」


「あ、もうこんな時間なのね。
 ねぇアスラン、せっかくだから泊まってったらどう?
 にはちゃんと連絡しとくから。」



「や、いくらなんでもそれは。」






 予想外の申し出に慌てるアスラン。
仮にも恋人がいる女性の家に泊まるなど、シンが知ったら確実に喧嘩に巻き込まれる。
キラに知れたら、その瞬間命はなくなっているかもしれない。
が、当のはアスランの制止も聞かずに手早くに電話を入れていた。
なんとも無防備な子である。
そこがまたいいのだが。






「・・・、俺だからいいが、シンとかキラとかを泊まらせるなよ・・・。
 頼むから少しは自重してくれ・・・。」



「わかってるよ。アスランだからだよ。
 それにキラは私の家をまだ知らないの。
 アスランと会えなくなるのは寂しいから。
 いっつもとばっかり一緒にいてずるいよ。」






 アスランはの言い分を聞き苦笑した。
と一緒にいるのは、当然の成り行きなのだ。
というか、最近ラクスの側近となり、やたらとイザークが忙しくしているのをいいことに、
このところアスランは相手に身体を動かすのがの楽しみの1つになっているのだ。
もちろんこんな日常にイザークの気分がいいはずがない。
今のイザークにとって、アスランと遊ぶという言葉は鬼門以外の何物でもないだろう。
正直、イザークと顔を合わせるのがちょっと怖い。







「仕方ないな・・・。じゃあ、の世話になるか。」



「どうぞどうぞ。」






 その夜、とアスランは一晩中語り明かしていた。














































 翌朝、朝帰りしたアスランをは微妙な笑みで出迎えた。






「私ですらお泊りしたことないんだけど。
 しかもアスランが。 なんで?」



「誘われたから。」



「何もなかったでしょうねぇ。
 昨日キラから連絡あって、アスランはどこだってうるさかったんだから。」







 アスランは、とキラが画面越しに相対しているのを想像してみた。
極めてにこやかな笑みで交わされた会話だろうが、その内容や2人の心境は虚々実々の駆け引きでピリピリしていただろう。
決して2人は不仲ではないのだが、キラの質問か必ずの居場所やの生活内容に及ぶものだから、
もそれ相応の覚悟を持って臨まなければならないのである。
前科ありの者にはちょっと厳しいのが、である。
そんな昨夜のに余計な迷惑のようなものをかけてしまい、アスランは少し申し訳なく思った。






「それは悪かった。に何かするわけがないだろう。」



「でも初恋の人なんでしょ?」



、俺の心配よりも、少しはイザークのことを気にかけてやったらどうだ?
 俺は少しあいつが不憫に思えてきた。



「何もないのが一番なのよ。
 てか、そんな言い方ないんじゃないの?」






 の淡々とした口調にアスランは小さく笑った。
こんな愛し方も、非常に信じがたいが存在はするのだ。
アスランは、ふとに自分とが想い合っていたことを話して聞かせたくなった。
しかし、その考えはすぐに心の中に仕舞いこんだ。
誰も知らなくていいのだ。
2人だけの秘密でいいのだ。
人知れずくすりと笑ったアスランを、は不審な目で見つめていた。






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