私はプラント最高評議会議長ですわ。
けれども、そんな堅苦しい肩書きの前に、私は1人の親友ですのよ?














Data××:  お姫様争奪戦
            ~初めて挑戦彼らでシリアス!?~












 イザークは充実しまくった日々を送っていた。
戦後処理など慣れない作業で始めこそ手間取ったが、次代のための仕事と思うと、やる気も上がった。
ラクスの下についてあれこれと動き回り、彼はこの任務にやりがいを感じていた。
愛する婚約者のに逢えないのはもちろん寂しいが、その分だけたまに彼女と逢えば嬉しさも増す。
結婚だってさほど遠い話ではないはずだ。
彼は近いうちに訪れるであろう、との新婚生活に思いを馳せた。
誰にも、無論アスランにも邪魔されない2人っきりの甘い甘い、蕩けるような毎日。
2人の間に生まれてくるであろう子どもたちは、どの子も親にそっくりで聞き分けも良く、愛らしい。
娘で似とかだったら、嫁にやるのが嫌になる。
なんて楽しそうなんだ未来は。
数年前はあれだけ毛嫌いしていた相手だというのに、月日が経てば人の想いもあっさりと変わるものだ。








 「ジュール議員。」




ラクスがイザークを呼んだ。
なにやら困った顔をしている。





「どうかしましたか、クライン議長。」


「いえ、実は5日後の会議なのですが・・・。
 私はその日はどうしても行かなければならない用事がありますの。」


「用事? 会議よりも大切な?」



「ええ。とても大切な要人と会うことになっているのです。
 ですから・・・。」








 お願い、と言わんばかりの瞳で攻めるラクス。
イザークは小さく息を吐くと、仕方なさそうに言った。
もとよりこの史上最強の議長に文句や異論が言えようはずがない、というのが隠された事実なのだが。





「わかりました。
 会議は別の日にしましょう。
 どなたと会われるのですか?」





イザークの問いに、にこっと笑っただけのラクスだった。
実はその笑みが非常にしたたかなものであったとは、イザークが知る由もない。




































 5日後、家にラクスが現れた。
もちろん私的な用事である。
そう、5日前ラクスがイザークに言っていた大切な要人との約束とは、他ならぬと会うことだったのだ。








「ラクス!?
 ずいぶんと久し振りじゃないの。
 議会の仕事の方はいいの?」



「お久し振りですわ
 今日は仕事の話はなしですわよ。
 周りの方々が頑張って下さるので、案外楽なんですの。」







 まったくの嘘である。
楽なんてもんじゃない、むしろその逆だ。
今だって、ラクスがいないがためにイザークが大わらわなのだ。
ラクスはイザークを思い浮かべると、くすりと笑った。
婚約者だからってに近づこうなど、10年早いのだ。
女の友情に入り込んでくるな。








「周りってイザークたちでしょ。
 最近逢わないからねぇ・・・、元気してるの?」


「ええとても。
 さぁ、出かけましょう!」






 の返事を聞くまでもなく、動き出したラクス。
ずっとずっと我慢していたのだ。
いつかイザークを出し抜いてやろうと決めていたのだ。
それが今日なのだ。
親友は婚約者よりも名実ともに強いのだ。








「待ってラクス、どこ行くの!?」


「私に任せてくださいな。」






あの天真爛漫、向かうところほとんど敵なしのお嬢様をぐいぐいと引っ張って行くラクスを、
家のメイドたちは生暖かい、ほんの少し畏怖を込めた瞳で見送っていた。




































 イザークは忙しかった。
ラクスの代行なんてやるものではない。
忙しさが倍、もしくはそれ以上になるのだ。






「ジュール議員、こちらもお願いします。」



「あぁ・・・。
 そこに置いてくれ。」








 イザークは今日決済しなければならない膨大な数の書類に目を通しながら、ラクスが会っているはずの要人を考えていた。
外交筋の人間ではないはずだ。
議会絡みでもない。
もしそうだったなら、イザークにも情報は来るのだ。
だとしたら、プライベートだろうか。

いいな議長は。
プライベートな用事で仕事サボれるんだから。
そんなことができるんなら、俺だってに逢うに決まっている。
イザークはここまで考えて、思わず書類を落とした。
嫌な予感がする。
ラクスはの大親友だ。
それに最近、やたらとについて自分に尋ねていた。
彼女の問いかけにすべて答えられなくて、悔しい思いをしたのだ。
あの時のラクスの勝ち誇ったような顔は今でも忘れられない。








「議長、いや、ラクス嬢・・・。
 騙したな!!」








 イザークは勢い良く立ち上がった。
突如として乱心したイザークにぎょっとする議員たち。
イザークは周囲に目もくれず、家へと直行した。
もちろん、そんな所に当のラクスとが留まっているはずがない。







「これはイザーク様。
 お嬢様ならラクス様とお出かけになられましたが・・・。」


「そうですか。
 ・・・くそ、やはり謀られたか・・・。」






 見事にラクスに先を越されたイザークは、次なる行き先を思案した。
もしの連れがディアッカなど単純な奴だったら、即行で相手の屋敷に乗り込むのだが、今回の相手はディアッカよりも2枚も3枚も上手だ。
特に打つべき手も見つからず、とりあえずと一緒にいるであろうラクスに連絡を取る。
少しすると、ラクスの爽やかな声が聞こえてきた。









『ジュール議員?
 どうされたのですか、何か困ったことでも?』



「ええとても。
 お話ししたいことがありますので、今どちらにいるか教えてください。」



『あら、でも私は今大切な要人と「と一緒なんですねよね。知ってますよ。」






 ラクスは黙り込んだ。
舌打ちする音が聞こえたのは気のせいだと思いたい。





『あれラクス、誰かとお話し中?』


「『!』」



『仕事じゃないの?
 行かなくてもいいの?』



『ええ平気ですわ。
 それよりも、あの観覧車は・・・。』








 ぶちっという音がして通信が切れた。
あの女、人の大事な婚約者を連れてどこをほっつき歩いてんだ。
しかも仕事は私がいなくても平気だとのたまわった。
あなたがいないおかげでどれだけ忙しいか、少しは理解してほしい。






「観覧車といえば・・・、あそこか?」







 イザークには心当たりが1つだけあった。
3年ほど前、まだと冷戦中の頃に半ば強引に行かされたあの遊園地だ。
あの時は観覧車には乗ったものの、頂上付近で軽いテロに遭遇して大ジャンプをしたのだ。
おまけにベストカップルだかなんだか覚えてないが、訳のわからない賞にも選ばれて、あまり良い思い出はない。
その証拠に、貰ったトロフィーと年間パスポートは宇宙のゴミにした。
イザークはに逢う、もとい彼女の身柄を取り返すべく、単身遊園地へと乗り込んでいった。































 とラクスは屋外テラスで休憩を取っていた。
女2人で遊園地もどうかと思ったのだが、彼女が連れてきたのだから文句は言わない。
それに、自身も久々にあまり良い思い出のない地へと来て、当時を懐かしんでいた。
本当にここには楽しい思い出はない。
死ぬ覚悟だってしたのだから当然だ。











 何か考えごとですか?」



「え? あぁ・・・、ちょっと昔を懐かしんでて。」


「どんな思い出ですか?」






 ラクスはテーブルから身を乗り出した。
自分が知らない頃のを知ることができるのだ。
これ以上嬉しいことはなかった。
もしかしたら、またイザークに自慢できる格好のネタになるかもしれない。
ラクスはの話をメモする勢いで身構えた。
はう~ん、と呟くと、苦笑して言った。







「初めてイザークとデートしたの、ここなんだよね。」


「・・・は?」




「あ、惚気話なんかじゃないからね。
 3年ぐらい前かな、その頃は親に決められて渋々イザークのフィアンセになったって感じだったの。
 だから仲は最悪。
 口を開けば喧嘩ばっかりな毎日で、ヴェサリウスでも有名だったらしいわよ、私とイザーク。」







 最悪だった、と言う割にはの表情は晴れやかなように、ラクスには見えた。
こういう華やかなの顔も大好きだが、いかんせん話の中身がイザークなので複雑だ。
はあれ、と言ってどでかい観覧車を指差した。
確かここの観覧車は世界一高くて大きいらしく、それがこの遊園地の売りにもなっていた。








「私ねー、あそこのてっぺんから落ちたんだよね。
 イザークに抱えられて。」



「な、落ちたのですか!?
 怪我は、いったいなぜ?」




「この先の広場でちょっとした銃撃戦があって、それを見つけたイザークが正義心剥きだしにしちゃったから。
 もうあの時は死を覚悟したわ。
 捻挫1つしなかったのがびっくりだもん。」







 でもあの時イザークを見直したのかもしれないな、と呟くに、ラクスは硬い表情で笑った。
笑いごとではないのだ。
イザークはむやみにを死の危機に晒したのだ。
これはもう、極刑に値する。
しかし、ラクスは不思議だった。
どうしてそんなに毛嫌いしていたイザークと、今は仲良くしているのだろうか。
自分なんか、毛嫌いしてもいなかったアスランとは何もなかったというのに。
第一、イザークの話をしている時のは心なしか表情も柔らかくなり、幸せそうだった。
こういう慈愛に満ちまくった彼女の顔はなかなか滅多に見ることができない。








「イザークさんがお好きなのですね。
 ・・・少し意外ですわ、あんなに嫌だと言っていたのに。」






 ラクスの率直な意見には少し笑った。
まぁ、自分で考えてみても意外としか思えないのだ。
あれだけ相性が悪くて、こんな男一生好きになれないと思っていたのに。
好きの反対は無関心だとは、古人は上手いことを言ったものだ。
なぜなら、イザークのことがいくら嫌いでも、彼のことを意識しなかった日はなかったのだから。
彼に関してなんらかの意識をしている限り、彼との縁は切れないのだ。
だからある時突然、いや、じわじわと『嫌い』から『好き』に変わることだってありえるのだ。






「今はイザークのこと好きよ。
 私、興味の対象にならない人の婚約者になんかならないもの。」






 ちょうどその時、イザークが現れた。
ラクスとの姿を見つけ、忍び走りで近寄ったのだ。
2人に声を掛けようとしたのだが、の言葉を聞き足を止めた。
他ならぬ、自分の名前が出てきたからだ。








 「ねぇラクス・・・。
 議会はやっぱり当分は忙しいんでしょう?
 そうよね・・・、暇なんてあるわけないもの。」




・・・。」



「ラクスもイザークも私たち一般市民の未来のために、毎日頑張ってる。
 わかってるの、わかってるんだけどね・・・。
 ・・・ちょっと寂しいのかもしれない。」



「最近は、なかなかご友人の方々とお会いにならないのですね。」







 ラクスの言葉には顔を伏せた。
周りがみんな忙しくしていて、は寂しかった。
けれども無茶は言えないから、知らず知らずのうちに『寂しい』という感情を押し殺して我慢していたのかもしれない。







「ボルテールにいる時は嫌になるほど、うっとうしくなるほど来る日も来る日も顔を合わせたから、
 だから逆に逢えなくなったらどうも調子狂っちゃうみたい。
 イザーク今頃何してるかな、部下に対してブチ切れてないかなって、たまに考える。
 実際に逢ったら、やっぱり安心しちゃっていつも通りになるんだけどね。」




「私ではイザークさんの代わりにはならないのですか?」


「イザークの代わりなんて誰も務まらないわよ。
 ラクスの代わりだって、誰もいないもん。
 ・・・まさか、ないものねだりしない私が婚約者との時間が欲しいだなんて無茶言うとはねー。」












 の近くの木ががさごそと揺れた。







「ないものねだりじゃないぞ、。」



「イ、イザーク!?
 なんでここにいるわけ、仕事は?」




「気にするな。
 ・・・ラクス嬢、こんな所で要人と会議ですか?」





 イザークはちらりとラクスを見た。
ラクスは悪びれることもなく、しゃあしゃあと言ってのけた。






「親友に会うのが悪いですか?
 私にとって、は超ウルトラ級の最重要要人なのです。」



「訳がわかりません。
 ・・・息抜きしたいのは誰だって一緒です。
 俺だって、他の議員だって。」



「わかっていますわそれぐらい。
 ですがイザークさん、あなただけは許しませんわ。
 私の大事なにああまで愛されて、ああ憎たらしい。」




「愛されて?」








 イザークは今度はの方を向いた。
久々に恋人の顔を見た気がした。
相変わらずきれいな顔立ちをしているが、どこか様子が違う。
しかしイザークは格段慌てなかった。
ついさっきまで、草むらに潜んでラクスとの会話を盗み聞きしていたのだ。






、今日1日、晩まで一緒に付き合ってやる。
 いや、朝まででもいいぞ。
 お前が思っていることは、俺も感じていた。」




「いや、夜までで結構。
 でもいいの?
 大体仕事ほっぽり出してきたんでしょ?」



「いいんだ。
 との時間の方が、俺にとっては重要なんだ。」








 の方が見る見るうちに紅潮する。
ラクスは見ていられない、とでもいうように手を振ると、イザークの方をきっと睨みつけた。
かと思うと、急にの方を向き直り、飛び切りの笑顔を見せる。
その素晴らしいまでの変わり身に驚いている2人を余所に、ラクスは言った。







「今日だけは臨時休業にしてあげましょう、イザークさん。
 でも明日は覚悟なさってくださいね。
 私を怒らせた罰は大きいですわよ?」



「どうぞご随意に。
 ほら、行くぞ。」



「行くって・・・。
 ったく強引なんだから・・・。
 ラクス、今日はどうもありがとう!
 明日からもイザークのこと、よろしくね!」











 ぶんぶんと手を振って見送るを見て、ラクスは淡く微笑んだ。
ようやく元気なに戻ってくれた。
直接的な効果がイザークによるものだったということが、いくらか気に食わないが、まぁ今日のところはの笑顔に免じて許してやろう。
ラクスは、イザークとの争奪戦には負けたものの、存外晴れやかな気分で自宅へと帰っていった。
仕事場に顔を出そうだなんて殊勝な考えは、これっぽちもない。














 「イザーク、どうもありがとね。
 来てくれて、嬉しかった。」



「ほう?
 そんな素直な言葉が遂に言えるようになったのか。
 ・・・今まで悪かったな、逢えずに。」



「いいの。
 たった20分でも10分でも、イザークと話してるだけでもう充分。」







 イザークとがゆったりと恋人同士のひと時を過ごし、ラクスが家に引き籠っている間、
議会がツートップの不在によって引き起こされた恐慌状態に陥っていたのは言うまでもない。






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