寝ても覚めても彼のことばっかり。
これってもしかして何かしら。






白馬は誰が姫を乗せる          9   恋する白馬











 の自宅謹慎生活は続いていた。
外に出なくなり元気の発散どころがなくなったせいか、いくらか大人しい少女になっていた。
馬超や馬岱が帰れば殊勝に挨拶し、その日あった出来事を聞きたがる。
馬超の理想とする可憐な妹像に、少しずつであるが近づきつつあった。





「だいぶいい子になってきたな。じゃじゃ馬も家に入れば変わるものだな」
「やだ兄上ったら。私だって淑やかな女性にぐらいなれるんだからね」
「そ、そうだな。さすがは錦馬超の妹よ! そろそろ謹慎も解いてやらねばなるまい」





 馬超の言葉には心中でほくそ笑んだ。
してやったりとはこういうことをいうのだ。
別に無理やり家に押し込められなくとも、大人しいふりぐらいはできる。
普段はしゃぎにはしゃいできたおかげで、兄は偽りの変貌に全く気付かなかった。
一体どこを見ているのだと吹き出しそうにもなったが、猫被り状態になっているは懸命にそれを堪えた。
自分の演技が兄にばれるとはもとより思っていない。
しかし、注意すべきは従兄である馬岱だった。
奴は目敏いので、念には念を入れて誤魔化さなければならない。






「嬉しいっ! ありがとう兄上! 私ずっとお礼を言いたかったの、趙雲殿に!」
、礼儀正しいのはいいことですが、そうむやみに男性に近づくものではありませんよ。趙雲殿といえど、油断はなりません」
「ははっ、心配するな。趙雲殿がのような小娘を好きになるはずがないだろう。俺は成熟した大人の女が好みだと思っているがな」
「それは従兄上の勝手な妄想でしょう」





 馬超のお気楽な考えをばっさりと切り捨てると、馬岱はをじっと見つめた。
そして彼女の耳元でぼそりと呟く。





「従兄上の目は誤魔化せても、この私を欺くことなんてできませんからね」
「な、何のこと言っているのかわかんなーい」
「どうしたんだ。いきなりびっくりしたぞ」
「あ、兄上ごめんね。うん、ちょっと独り言を」





 引きつった笑みで返すと、はぎろりと馬岱を睨みつけた。
知っているからといって申告しおって。
こちとらばれてるぐらいの覚悟はできていた。
はにこにこと掴みどころのない笑みを浮かべている従兄から目を離すと、門へと視線を移した。
謹慎が解けたら、真っ先に趙雲に会いに行くつもりだった。
命を救ってくれたお礼も言いたいし、何よりも誤りたかった。
白馬が嫌いだなんて、どうして口に出して言ってしまったのだろう。
嫌いなのは、本当は白馬なんかではなくて人殺しの不届き者だったというのに。
いつから白馬が嫌いだと思い違いをしてしまうようになったのか。
どうしてこんなに彼のことを気にしてしまうのだろうか。







「・・・従兄上、もいつの間にやらずいぶんと成長したものです」
「そうか? 俺は特に何かが変わったようには思わんが」





 行ってこいという馬超の合図と共に姿を消したに、暖かな眼差しを送る馬超たちだった。

































 趙雲は厩舎で愛馬と語らっていた。
先日の救出戦の際に浴びた返り血は、今では綺麗さっぱり拭い洗われ消えている。
あの返り血がを怖がらせたことは明らかだった。
悪いことをした、と趙雲は気が重くなった。
泣かせてしまったと思っていた。
もう、白馬どころか自分のことまで嫌われたのではないかと危ぶみもした。
そのためか、最近彼女の姿を見ない。






「いた! 趙雲殿!」





 華やかな声に趙雲の馬を撫でる手が止まった。
お久し振りなのかなと言いつつ近づいてくる影に、無意味に身構えた。
しかし、なんで強張ってんですかという声と共にばしりと結構強く背中を叩かれ、拍子抜けする。





「この間は本当にありがとうございました。趙雲殿のおかげで、私の寿命尽きませんでした」
「・・・私は殿を怖がらせてしまった。・・・すまない」





 突然謝りだした趙雲に、はきょとんとして彼を見上げた。




「困りますよそんなに謝られても。むしろ私の方が勝手して怒られなくちゃいけないのに」
「違う「それに私、白馬が好きになりました」






 は趙雲の馬に手を伸ばした。
触れる直前少し躊躇いがあったのか、動きがぴくりと止まる。
しかし淡く笑うと、そっと首筋を撫で始めた。
日頃から馬をこよなく愛しているせいか、その手つきはとても優しい。





「ごめんね、ずっと嫌い続けて・・・。本当は違うの。大好きなのよ・・・」
殿・・・・・・」





 のくぐもった声が、静かな厩舎に響き渡った。








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