Please take my hand, princess!     序







 優しくて可愛くてとびきり素敵な俺の大事なお姫様。
でも、そう思ってんのは俺だけじゃないってのが気に喰わないねえ。















 四の五の言って言を左右にばかりせず、さっさと娶るなり引き取るなりしてくれないだろうか。
見ているだけで苛々するのだ、あの甘ったるい空気をそこらじゅうに撒き散らしている2人のうちの、特に女の方。
あれと一応薄くはあるが同じ血が流れているというのが、更に怒りを呼び覚ます。
控えめで大人しくて楚々とした深窓の令嬢然としているのに、愛情だけは人一倍あるらしい。
さすがは自室を躊躇うことなく火の海にしてしまう情熱の持ち主だ。
同属嫌悪というやつかもしれない。
悔しいが、彼女と自分はどこかしらが少しずつ似ている。





「それで賊に囲まれるだけ囲まれた後、まとめてみんな吹っ飛ばしてやったんだよ」
「まあ、さすがは凌統殿。ですがあまりご無理はなさいませんよう・・・。お怪我などはされていませんか?」
「平気平気。でも、が看病してくれるんならたまにはかすり傷でも負ってこようかね」
「お戯れにしてもそれはなりません! わたくしもお供してお手伝いできればいいのでしょうが・・・」
を危険な目に遭わせられるわけがないっての」
「凌統殿・・・・・・」




 ああもう、だからそういった睦言は家で言ってほしい。
ここは自宅ではなくただの執務室なのだ。
しかも凌統のではなく、自分の。
陸遜は部屋の入り口でふわふわと浮きに浮いた会話を続けているを呼びつけた。
向こうで姫君らしくきちんと厳しくしつけられていたせいか、の字はとても綺麗で読みやすいと評判が高い。
出自が出自なので軍の内部に係わる機密事項はまだ教えられていないが、庶務や民からの陳情といった特段隠すようなものでもない事案の整理は彼女に任せられている。
まるで恋文をもらっているようだと取りまとめ役の文官が口走った時は大変だった。
そんなに巧く書けるのなら講座を開いてくれだとか代筆してくれだとか、たちまちのうちに人気者となってしまった。
それがきっかけで女官たちとの間に友情も芽生え、風当たりも良くなったらしい。
女の団結力とは恐ろしい。




「はい、何でございましょうか陸遜殿」
「あなた宛の分が混じっていました。まったく、仕分けくらいきちんとして下さい」
「申し訳ございません」
「軍師さん、あんまりにきつく当たらないでくれる?」
「できることをやれば怒りません」
「左様でございます凌統殿。此度はわたくしの不手際が招いたこと、陸遜がお怒りになられるのももっともでございます」
「よくわかってるじゃないですか殿。ではひとつ、陳情書を認めていただけますか?」
「かしこまりました」
「いい加減殿から解放していただかなければ私は本気で決闘を挑みますので、早急に殿専用の執務室を用意して下さい、と」





 いつも本気のはずではとぽそりと呟く声が聞こえ、陸遜はぎろりと声の主を睨みつけた。
普段はとても美しい洗練された上品な言葉遣いをするのに、どうして余計なことを言うのだ。
それさえ言わなければまだいいのに、彼女の考えが理解できない。
それもこれも付き合っている男があれだからか。
凌統だからこうなってしまったのか。




「でも確かに、の部屋作ってもらえたら俺も通いやすいしいいじゃんそれ。さすが軍師さん、冴えてますね!」
「いっそ凌統殿の執務室を間借りしたらいかがですか?」
「それができないんですよ。ほら、俺んとこは男ばっか出入りするからにはさー・・・。第一、俺の仕事が捗らなくなる」
「今も存分にさぼっておられますもんね、凌統殿」
「あれ、ばれちゃいましたか」




 えへへと笑うと、にいけません凌統殿とやんわりと叱られる。
叱り方も愛情が溢れていてとても心地良い。
こんな優しい叱責ならば、何度だって叱られていいくらいだ。
部下たちにを見せるのはもったいないが、彼女と一緒に過ごす時間が増やせるのならば彼女をこちらに移動させてもいいかもしれない。
机を並べ仕事に励む様子を思い浮かべ、凌統は口元を緩めた。







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