Please take my hand, princess!     3







 我ながら、よくもまああれだけ厚い化けの皮を被ることができたと思う。
悲しげな表情の裏では細々と画策して、しかしそれを表に出すことはせず寂しげに凌統を見送って。
は単身馬を走らせていた。
野営地など詳しい場所はわからないが、どうせ向こうには行かないのだから知らなくてもいい。
宿場を転々としつつ軍を追いかけ、いよいよという時に姿を現せばいいのだ。
孫権軍に女性兵が多くいて助かった。
この調子なら上手く紛れ込めそうだ。




「合肥は父にとっても大切な要衝・・・。ひとたび戦を始めれば、敵味方入り乱れての乱戦となりましょう・・・」




 待つことも重要なことだと陸遜は言ったが、生憎とは自分でも驚くほどに行動的だった。
だから、ただじっと待つということができなかったのだ。
赤壁でもそうだった。
大人しくしていることができなくて、凌統と再会できる最初で最後の機会だと思っていたから行動した。
行動した結果父や兄たちと別れ、護衛の任に就いていた張遼にも迷惑をかけてしまったが。
誰もが皆、公主は死んだと思っているだろう。
敵将に見初められ、こちらでのんびり待ったりと暮らしているとは思いもすまい。
自身、こうして生き永らえていることが信じられないのだ。
とっくに終わった人生なのにと、何度考えたことだろうか。
尚香のように国のために嫁ぐということもせず、のうのうと生きている。
国のためでもあるけど、それ以前に私は玄徳様のことが好きだからと言って去って行った尚香の笑顔は今でも忘れられない。





「わたくしもあの戦の後、国へ帰っていればおそらく・・・」




 誰に嫁ぐのかなど知る由もなかったが、父はそうさせるはずだったと思う。
だから最後のわがままを聞き入れてくれたのだ。
好き勝手にできる公主としての最後のわがままを許してくれたのだ。
は父も兄も、父に仕える将軍たちのことも好きだった。
国が嫌で、父が、家族が嫌で別れたわけではないのだ。
ただ彼らと同等、いや、それ以上に愛しいと思えるかけがえのない人を見つけ、その人と一緒にいたかったから国を捨ててでも生きる道を選んだのだ。
こんなことを今ここで口にしたところで、誰にも声は届かないのだが。




「守って下さった方をお守りする。わたくしは、待つよりもそうしたい」




 叱責の言葉は後でいくらでも聞こう。
は馬に跨ると、再び決戦の地へと駆け始めた。


































 主に刃向かう者はすべて敵だ。
敵の中でも特に許しがたいのは、劉備軍ではなく孫権軍だ。
妻となるはずだった至上の華を燃やし尽くした憎き孫権軍。
張遼は高台にそびえ立つ城から孫権軍を見下ろしていた。
あの軍が公主を曹魏から、我が手から奪い取った。
控えめに笑い、淑やかな所作とは裏腹に果敢に武器を振るう勇ましく美しい公主を殺めた。
ずっと傍に控えていれば、あるいは守れた命かもしれない。
いや、我が命に代えてでも何としてでも守り通し、曹操の元へと退避させていた。
しかし聡明だった公主は、自らの守備が手薄になることを承知の上で本軍の被害を未然に食い止めようと尽力したのだ。
自分にホウ統を追わせたことについては、おそらくは悔いていなかったはずだ。
むしろ、もっと早く気付けば良かったと責めていたかもしれない。
そのくらいは心優しい娘だった。
公主という身分に甘んじることも奢ることもなく、淡々としていた。
そんなはもうこの世にはいない。
長江を流れたゆたう灰となってしまった。
今回の戦いは、張遼にとってはの弔い合戦だった。
孫権を初めとした敵の名だたる将の首級を挙げ、亡き公主の墓前に報告しよう。
あなたを殺めた奴らは皆地獄へ落としましたと告げよう。
無理をしたのではないかと心配されそうだが、のためならば多少の無茶も厭わなかった。
まずは、孫権の首を取る。
張遼は馬を返すと、少なくはあるが精鋭を誇る直属の兵たちの先頭に立った。
狙うは孫権の首。
曹操軍屈指の速度と強さを誇る張遼軍の騎馬隊が、孫権軍本体を背後から襲うべく動き出した。







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