足跡は甘い罠




 我が天命を見つけた。
久々に出会った兄の言葉に、司馬昭ははあと答え首を傾げた。
何かと天命にこだわる兄だが、それは目に見えるものだったのだろうか。
将星というのであれば、空を見上げればあるのかもしれない。
自分としてはあまり見つけたくないものだ、不気味に瞬いた夜は眠れなくなりそうだ。
司馬師は曖昧な返答しか返さない不肖の弟にため息をつくと、忘れもしない運命の日を思い出した。



「神出鬼没の戦巧者の話を聞いたことはあるか?」
「ああ、ありますよ。ここらでは有名な話ですよね、突然戦に乱入して散々かき回して、そしてまたいなくなってしまう女のことでしょう。
 もしかして兄上の戦場にも現れましたか?」
「いや、私が出会ったのは戦場ではない・・・。商隊の護衛を任されていたのだが、彼女とはその折に出会ったのだ。天命だったというより他にない」



 先方たっての依頼で商家の輸送護衛を任されたが、彼らの足取りはそれはもう遅かった。
もう少し荷の積み方や工程を考えた方が良いのではと何度進言しようとしたか。
この足取りであれば不逞の輩も狙い放題だ、現に今までに何度遭遇してきたか。
出会った敵は撃退すれば済むが、数が増えるとさすがに武器を握る手も重くなる。
そして、襲われる頻度が増えれば増えるだけ恐れをなした商隊の歩みは遅くなる。
疲労も怒りも苛立ちも積もりに積もり、敵の増援も現れいよいよ我慢がならない。
神出鬼没の戦巧者が現れたのは、まさにその時だった。



「大丈夫ですか? 手伝います? あっ、元気がなかったり怪我してるんならこれ食べるといいですよ、私特製の肉まんなんですけど結構評判良くて!」
「お前は・・・、う、美味い・・・!」
「あ、そうですか! 良かった~あなたみたいにお口が肥えてそうな貴人に褒めてもらうと嬉しい! 私もこんな根なし草生活辞めて肉まん屋さんとして身を立てようかな~、なんちゃって!」



 とりあえずこの人たち片付ければいいですか、うわぁ荷物の積み方おかしくないですか?
言いたくても我慢していた本音をさらりと代弁し、手慣れた様子で野盗を排除していく。
手渡された肉まん二個を平らげている間の怒涛の出来事だ。
あまりの手際の良さに驚いていると、視線に気付いた女がくるりとこちらを振り返る。
野盗には野盗相手の戦い方があるんですよと、問おうとした内容を先手を打って返してくる。
頭の回転もすこぶる速い。
司馬師は追加でもらった肉まんを抱くと女を見つめた。
天命だ。思わずそう呟くと、女はことりと首を傾げた。



「天命? ええと、黄巾の方ですか? ごめんなさい、私そういうのはちょっと・・・」
「私は司馬師という。お前は?」
「名乗るほどの者じゃないんで・・・」
「お前は我が天命だ。ぜひ私の元へ来てほしい、肉まん屋としてではなく私の天命として私と共に在ってほしい」
「仕官のお誘いは受けないようにしてるので・・・。ほら、私意外と有名になっちゃったので今更誰かにお仕えするのは角が立つというか・・・」
「仕官の誘いではない。私個人の願いだ、お前を置いて他に代わる者はない」
「もっと困ります。・・・やばい、変な人に目つけられちゃった」



 護衛のお手伝いは終わったのでと言い残し、足早に去っていく女を慌てて追いかける。
さすがに噂になるだけのことはある、追いかけたはずなのにどこにもいない。
以来、向かう戦場で彼女の姿を探し続けているが見つけらない。
だからこうして恥を忍んで弟にも捜索及び包囲網の完成を要請しているのというのに、何も察しようとしない。
めんとくせ、とすら言わない。
もう少し親身になるべきだ、彼女はいずれは義理の姉になるというのに。



「昭、私が言いたいことはわかるな?」
「何でしたっけ、戦巧者を捕まえるんですっけ」
「丁重に迎え入れるのだ。厨も新調した、店も構えた、残るは彼女本人だ」
「肉まんの味に惚れ込んだだけでしょう。俺も見かけたら作り方を訊いときますって」
「彼女が手ずから作ったものでなければならぬ。そして、私は味に惹かれたのではない」
「じゃあ、兄上自身に問題があるとは「昭?」ない、ですね・・・」



 かわいそうに、憐れんで姿を見せてしまったばっかりに。
司馬昭は名も知らぬ戦巧者に同情すると、心の中で地の果てまで逃げた方がいいと警告した。




顔が整いすぎてるから、尚更びっくりしちゃったじゃない



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