衝車で開いた門の先




 子どもながらに知らないふりをして、大人のふりをしただけだったのだと思う。
目の前で不安げで悲しそうな顔をしている父親ではない男を悲しませたくなくて、知っていることを知らないと嘘を吐き続けていた。
男は、父親よりもよほど父親だったのだ。
嘘を本当にするために薄っぺらな思い出は心の奥底へ蓋をして、そうしていたら本当にわからなくなってしまった。
大事な思い出ではなかったのだと思う。
人の心は凡愚なのだなあとしみじみと感じたしていた頃が懐かしい。
すべて、遠い昔の話だ。


「諸葛亮もたぶん、お前が嘘ついてるって知ってて知らないふりしてやってたんだと思うぜ」
「え~そうかな~。諸葛亮様、私には結構甘めの厳しさだったけどなあ」
「何だよそれ」
「ほんとに甘めに厳しかったんだって! 言葉遣いとかは結構注意されたなあ。凡愚っていうなってよく怒られてたっけ。まあ今も改善できてないんだけど・・・」
「ああ、それな」



 父上の口癖だったからな。
そう初対面の兄に教えられ、すとんと何かが落ちる。
どこかでやたらと聞いた流行りの言葉だったから私も使っていたけど、それは私しか知らない流行り言葉だったのだ。
上手に忘れることも消すこともできなかった馴染みの言葉を、きっと薄っぺらな思い出の中で散々言われたんだろう。
子どもの頃から凡愚な私、そりゃあ棄てられるわけだ。



「えっ、唯一覚えてるのが凡愚って蔑称やばくない? 司馬懿殿ってば私棄てて大正解じゃん」
「お前、仮にも自分の親を・・・。まあ、少なくともその場での凡愚は父上だったと思うぜ。娘を守れない凡愚な私を許してくれとか言ってたんじゃねぇの?」



 大人ぶって背伸びしていた私を、諸葛亮様は黙って見守ってくれていたのだろう。
それを今になって知るなんて、私ってばやっぱり馬鹿だったんだな。
諸葛亮様の口癖も覚えておけば良かった。
分厚い思い出の中の諸葛亮様は、私をとても優しい声で呼んでいた。




「いつか必ずお前を迎えに行く、それまでどうか息災で過ごせ」



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