平行線は交わらない




 ああダメだ、失敗した!
今日もダメだ、昨日もダメだったしきっと明日もダメだろうし、どうせこの先ずっとダメなままなんだ!
もはや日課となってしまった喚き声を聞き流し、賈クは曰く「ダメ」と称されたそれを手に取った。
確かに昨日と出来栄えはあまり変わらない。
気分を変えて色味も変えたらあるいは・・・とは呟いているが、その発想にこそ駄目出しをしたい。
策士目線で言われてもらえば、それらはただの妄言・現実逃避だ。
変えるべきは色ではない。
今のに足りないのは技量でも経験でもなく、勇気だ。



「俺には何が駄目なのかわからないねえ。最初に比べれば充分よく出来てる、この辺で上がりにしたっていいと思うんだが」
「いいえダメなんです。こんな、こんな先端がちょっぴり縒れてしまった紐なんて荀彧様に渡せません! というわけではい賈ク様、差し上げます」
「毎度どうも。今日は俺でいいのか?」
「もう既に主だった方たちには差し上げたので。夏侯惇様なんて眼帯に使って下さってて、はあ・・・やっぱり私が作るのは武骨すぎるのでしょうか。荀彧様にはもっとこう! 優雅で優美で華麗でいて強靭なものをお渡ししたいのに!」
「それでまだ荀彧殿にはひとつも渡せていないと。ははあ、そりゃ道理で」
「なんです?」



 自分以外の諸将が皆、揃いの紐を使っている。
流行りの商店の物かと思い探りを入れたが、どうやら手製の紐らしい。
個々に合せたのか彩りも太さも豊富で、らしい細かな気遣いがよく表れた逸品だ。
それがどうして我が手にはないのだ。
先日、ほんの少し酒を入れた荀彧の口から出てきた愚痴だ。
公達殿なんて一本どころか三本ももらっていて狡いと、品行方正な彼の口からは信じられないような妬心に塗れた発言も飛び出した。
荀彧殿にあげたくて練習しまくった挙句の失敗品を渡されてるんですよとは、とても言える雰囲気ではなかった。
言ってしまえば荀彧からもからも大糾弾を受けてしまう。
交わりこそしないが、確実に見つめ合おうとしている2人の関係を壊すことだけは避けたかった。



「うう、紐もろくに編めないような粗忽者なんて荀彧様はやっぱりお嫌いですよね・・・」
「あんたが見るべきは紐じゃなくて荀彧殿そのものだと思うんだがね」
「そりゃ見てますよ! ものすごく凝視してますよ! あっ、今日も素敵な御髪だなあ・・・やっぱり私にはあれに似合うものはまだ作れていないな・・・って・・・」
「紐だな、そりゃ」
殿? 殿がいらっしゃるのですか? ちょうど良かった、殿にお願いしたいことがあったのです」
「じじじ荀彧様!?」



 突然現れた意中の人物に、の声が跳ね上がる。
なっななななんでしょうか私にできることならばと真っ青な顔で応対しているを見ていると、気の毒な気分になってくる。
さすがに助けを出してやらないとがかわいそうだ。
軍需品を無償で提供してくれる恩は今こそ返しておくべきだ。
賈クは口を開こうとした。



殿、私にも殿お手製の紐を一房いただけませんか?」
「紐・・・な、何のことでしょうか・・・」
「様々な方にお配りしていると伺いました。その、恐れながら、もし良ければ私にもぜひ、殿がお嫌でなければ」
「嫌です! ダメです!! ・・・・・・あ」



 口はもう開けない。
いや、開いてはいるが開いたまま硬直するという策士にあるまじき間抜け面を晒してしまっている。
真っ青だったの顔が真っ白になり、相対していた荀彧の顔色もみるみるうちになくなっていく。
この状況を打破できる人物が果たしているだろうか。
郭嘉はどうか、いや、彼でもさすがにここまで縒れるどころか拗れた関係には首を突っ込まないはずだ。
楽進はどこへ行った。いや、楽進に頼んだところで勘の良い李典が行ってはならないと全力で押し留めるだろう。
だったら曹休は・・・良心が痛む。
無力だ、何もできない。
無言で去っていった荀彧の背中を見送っていたが、砂のように音もなく床に崩れ落ちた。




紐はあんなに絡まってるのになあ!



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