袋小路は閉じられた




 揺れる体をつかまえる。
あるはずもない逃げ場を探し彷徨う腕に頬を寄せれば、ああ、とか細い悲鳴が上がる。
いや、これは嬌声だ。
悲鳴だったのは最初の一度だけ、それから先はずっと甘いのだから。
たすけて。
これがいったい何を意味しているのか、それだけは未だに判然としない。
もう既に助け出しているというのに、これ以上何を望んでいるというのだろう。
憎むべき敵将に救いを求めるとは可哀そうに、彼女はきっとまだ心が囚われたままなのだ。
もう何も恐ろしいことはないのだ、彼女を取り巻く恐怖の数々はこの張文遠がすべて断ち切ったのだから。




「離して・・・。離して、この、人殺し! わたくしの夫を返して!」
「夫。不遜にもそう名乗っていた者の首は既に殿に献上した・・・。殿にもご検分いただいたはずですが、お忘れか?」
「わたくしは認めていません・・・あんな、あんな!」
「それについては申し開きもござらん。この手で討つまでは、確かに我が妻を奪った下劣な男の顔をしていたのですが。されど遺品で判別なさったはず」




 もうやめてと甲高く叫び取り乱す細い体を抱え上げ、寝台へと落とす。
劣情を煽るのが得意な人だ。
あの男も、彼女をそうして貪ったのか。
なおも暴れ続ける白い両の腕を敷布に縫い付け跨ると、ようやく大人しくなる。
私が貴女の夫なのだ。
そう言い聞かせたのは果たして彼女にか、あるいは瞳に映る自身にか。
じわりと濡れた瞳に映る欲情に侵された男の顔が、ぐにゃりと歪んだ。




歪み壊れているのなら、正しく在るまで戻さねば



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