夢より優しい今にさよなら




 しっかりと戸締りをしていたはずの扉が、ぎいと重い音を立てゆっくりと開いていく。
ああ、もうお迎えか。
「意外と遅かったのね」。
現れた男の顔も見ずにそう嘯くと、卓上に飾った花瓶が風もないのに突然倒れる。
まったく、手元が狂ってうっかり私の首を裂いてたらどうするつもりだったんだか。




「賈充殿、だっけ? 司馬昭殿の差し金? 会ったこともない妹によく慈悲なんて向けられるよねえ、甘すぎ」
「口を慎め。子上を愚弄するな」
「司馬懿殿のご子息が凡愚なわけないでしょ」




 初めて男の顔を見る。
北斗星君とは、彼のような顔をしているのだろうか。
生気を帯びていない青白い顔は見慣れないし、これからもあまり見たくない顔になりそうだ。



「ま、抵抗はしないんで優しくしてね」




 これからの私はもう、これまでの私には戻れない。
拓かれてしまった道を一緒 に歩く人もいない。
さようなら、私。
別れの言葉に応える声は、何もなかった。




私はたぶん、お前がきらい



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