私の運命を変える人と出会いました




 義母とのどきどき同居生活の予定が、初めから狂ってしまった。
体を悪くしているお義母様に食べてもらう栄養たっぷりの食事とか考えていたのに、振舞う前に亡くなられてしまった。
曰く、元直の行動に悲嘆したからだとか。
俺はいったい何のために劉備殿の元から離れてしまったんだと嘆き悲しみ続ける元直を慰めるのも、最近では言葉が思い浮かばなくなってきた。
こんなところで露呈してしまった私の不勉強ぶり。
家賃代わりに書の講義でもと苦し紛れの提案をしていた友人の申し出を、一度だけでも受けておくべきだったかもしれない。



「ていうか元直、お義母様もいなくなっちゃったんなら曹操のところに留まる理由もないんじゃない?」
、いきなり何を・・・」
「だって元直はお義母様が人質に取られてしまったから泣く泣く劉備様とお別れしたんでしょう? でも今は喪うものはもうないんだから、また出奔すればいいのよ!」
「君は自分が何を言っているのかわかっているのか? そんなことを企てれば、俺だけではなく君も罰を受ける」
「でも元直ここで働きたくないんじゃないの?」
とつましく暮らしていけるだけの職は与えられたから、何もしなければ何もないまま生きることはできる。俺はもう、戻れない」
「ていうか元直一人ならどうにかなるのでは?」



 一応の事後了解は得たとはいえ、強引に押しかけ女房気取りをしてしまったばかりに元直が身動き取れなくなってしまった罪悪感はある。
家賃代わりに羽扇の扱い方でもといつになく困った顔で懇願していた自称臥龍の申し出を受けていれば、私も彼のように光彩を放つことができていたかもしれない。
関羽様のあの関所連続突破みたいなことを、元直と私でもやり遂げられたかもしれないのに惜しいことをした。
当時の私の判断が今になって悔やまれる。
きっと今頃、劉備様の軍師としてようやく出仕したであろう友人は笑っているだろう。
彼女は先見の明がありませんでした・・・とか言って!



、君は間違っている」
「そうかなあ」
「まず、俺にはまだ喪ってはならないものはある。ええと・・・、だ」
「えっ」
「別れるのが辛くて、つい君の強引な手口に乗せられたふりをした。弱かった俺を許してほしい」
「弱ってる元直は見慣れてるから平気だけど、私にまで策弄することないのに。軍師志望はどうしてみんなして回りくどいの」
「孔明はびっくりするほど君に直接的だったんだけど・・・」
「あの嫌味もこの嫌味も全部本音だったわけ?」
「君が鈍感で良かったよ」



 褒められている気が全くしない。
そこかしこから馬鹿にされている気しかしない。
どいつもこいつも軍師を気取る連中は純粋な妙齢の娘を虚仮にして、おかげで私はちっとも面白くない。
元直のお荷物になってしまっていることも確定してしまったし、私が元直のためにできることがますます限られてきた。
私も今からこっそり武術でも教わってみようか。
家賃代わりの餞別にお古の羽扇をねじ込まれたから、できればこちらでも諸葛亮殿と同じように謎の光彩を放てる人物がいればいいんだけど。
元直はこの調子だとどうせ単調な仕事しかしないだろうから、折を見てふたりで手と手を取り合って今度は益州あたりに駆け落ちとか!



「決めた、私今度は追い出し女房になる」
?」
「元直がいたい場所にいられるように、早くここから出ていけるように私もがんばる。まずはそうね、諸葛亮殿が後々本当に大成すると吹聴してこの餞別の羽扇を高値で売り払って・・・」

「冗談よ。でもわざわざ自分が使ってたお古を寄越したってことは何か意味があるんでしょ。鍛錬しなくても勝手に何か出てくる仕様になってるとか! よーし早速やってみよ!」
「あ、待つんだ



 元直の制止を聞かず外へ飛び出し、とりあえず人がいない方向へ向かって諸葛亮殿の真似をしてみる。
何も出ない。
大きく振り回しても扇いでみても、きらりとも光らない。
だったらどうして渡したのだ、ゴミ箱扱いか、また直接的に嫌がらせされたのか。



「もー使えないじゃーん諸葛亮殿のばかー!」
「馬鹿は貴様だ、馬鹿女!」



 勢い良く振りかぶった羽扇が、うっかり手元からすっぽ抜ける。
意思を持つように宙を舞う羽扇は、攻撃対象を見つけたのか馬鹿と大音声で呼ばわっている青年めがけて飛んでいく。
青年が懐から似たような羽扇を取り出し、一閃する。
白くはないけれど、黒々と光る何かが私の羽扇を貫く。
いた! 諸葛亮殿と同じことができる人!



「往来で武器を振り回し、あまつさえ他人にぶつけるとはどういう料簡をしている! 馬鹿か! 貴様の頭はどうなっている!」
「元直とは違う意味での出会いに震えてる・・・」
「は?」



 この人に頼れば、元直も私も曹操から早めに別れを告げることができるかもしれない。
遅れて駆けつけた元直が、私の代わりにぺこぺこと頭を下げていた。





「え~ご近所さんなんですかあ~じゃあお近付きとお詫びの印にはいこれ虎戦車試作機」「いらんわ!!」



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