ミュージックエクササイズ!




 ぽろんぽろんと、芯の音色が聞こえてくる。
聴いたことのない曲だが、弾き手は一体誰だろう。
自邸へ帰るなり音の主を探し始めた凌統は、中庭の四阿に人影を認め目を細めた。
主の帰宅も放っておいて、は一心に瑟に触れている。
少々面白くないが、音色を妨げるような野暮はしたくないし何よりも曲の終わりまで見届けてみたい。
凌統は音もなく四阿へ歩み寄ると、の正面へ腰を下ろした。
ようやく存在に気付き慌てて手を止めようとするが、続けてくれと目で訴えると小さく頷き返される。
目と目で語り合う仲、悪くない。



「お帰りに出向けず、申し訳ございませんでした」
「いいっていいって。にしてもは楽器扱えるんだね。さすがは公主」
「ただの手遊びでございます。わたくしは楽も詩も、あまり得意ではなかったゆえ」
「弾けるんだったら周瑜殿とも話がもっと合ったろうに」
「滅相もございません。陸遜殿の邸へ伺った際、要らぬものだからといただいてきたのです。なんとなく懐かしくて・・・お耳汚しでございましたでしょう?」
「まあ、俺は出来の良し悪しはわからないんでね。けどのいつもと違う一面が見れて良かった」



 家で大人しく戦場に出る夫の帰りを待ち、楽曲を奏で心身を癒すことが務めと聞かされ育てられたはずだ。
一線級の楽師たちや周瑜には劣るだろうが、頑固で負けず嫌いななので彼女なりに習練に励んだのだろう。
そうでなければ、許昌の地から建業へ連れ去られてから数年、一度たりとも触れる機会がなかった楽器を前に指が動くはずがない。
懐かしい、とは言った。
日々にほんの少しでも物足りなさを感じ、寂しがっているの心境を慮れなかったことが悔しくてたまらない。
知っていれば名工に誂えさせた新品を用意することができるのに。
これではまるで、自称遠縁の親戚とやらの陸遜の方が彼女の性格を熟知しているようではないか。



「今度新しいやつを買ってやるよ。他は何が弾ける? ああそうだ、一緒に見に行こう」
「いえ、わたくしはこれで充分でございます。常に扱うものでもないゆえ」
「けどが音楽に通じてるってわかったんなら、夫の俺としてはいつでも聴きたいもんだし。夫を労わる妻の持ち物くらい俺に支度させてくれないと、夫の活券ってやつに関わってくるんだ」
「確かに、夫の面子を守るのも妻の役目・・・。かしこまりました、では鉄笛が欲しゅうございます」
「へえ、笛! いいねえ、は笛も吹けるんだ!」
「義姉より直々に教えを受けましたゆえ、瑟より覚えがございます。いただいた暁にはぜひ、公績殿と一戦交えたく」
「あー、それはえっと、甄姫殿の?」


 良い音色を奏でるのですよ、鉄笛も。
瑟を脇に置きにっこりと微笑みながら鉄笛で殴りかかる身振りをしたに、凌統はそうと乾いた声で返した。




あら・・・寝てしまわれましたか



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