星に誓いを 人に祈りを     2




 誰にも、娘にも内緒にして密かに作り続けていた木像がようやく完成した。
像に瞳を入れ終えた月英は、額に浮かんでいた汗を拭うと大きく背伸びした。



、良いですか」
「はーい」


最後の最期にようやく訊きたいことを訊けた夫の顔は、とても穏やかだった。
「私は良い父親でしたか」。
答えはひとつしかなかったろうに、稀代の天才軍師にも怯えや恐れがあったらしい。
若かりし頃に言いたいことを言えないまま永遠の別れを経験している夫も、今度は上手くできたのだ。
思い出すのは嬉しそうにはにかみ笑う顔ばかりだ。
だから、像に彫り込んだ表情も軍師にしては穏やかなものになってしまった。
これはまさしく家族に向ける顔だ。
工房に招かれたは、目の前に鎮座する諸葛亮像にえぇと素っ頓狂な声を上げた。



「えっ、諸葛亮様?」
を驚かせたくて作ってみました」
「えっ、え、え~! あ、木像か、びっくりした~。月英様なんでも作れちゃうんですね、すごい! でも何か足りないような?」
「さすがの慧眼です。さあ、これを」



 像の周囲をぐるぐると歩き観察し続けるの手に、細筆を握らせる。
首を傾げただが、顔を覗き込みあっと声を上げる。
お髭がない!
の回答に月英はにっこりと微笑んだ。



は孔明様のお髭を描くのが得意でしょう? 仕上げはあなたに任せたいのです」
「え、緊張するんですけど・・・。月英様が描いた方が絶対に上手です」
「孔明様もに描いてほしいと思います。虎戦車には描いて自分の像には描いてもらえないなんて、孔明様が知ったらどれだけ悲しむことか・・・」
「確かに」



 よーしと気合を込め腕まくりするの勇姿を静かに見届ける。
こうだったかな、違うかな、もう少し長かったかな?
生前ついぞ叶わなかった育ての父の膝の上に乗り、うんうん唸りながら理想の髭を描くべく奮闘している。
涙で視界が霞むのか、筆を持った手で目元を拭うので顔はすっかり真っ黒だ。
それでも最後まで任務をやり遂げたは立派だと思う。
誰にも渡したくない自慢の娘だ。



「できました! どうですか月英様、諸葛亮様っぽい?」
「ええ、よくできています。これで皆にお披露目できますね」
「え~! 見せちゃうんですか!」
「これを必要としているのはだけではないのですよ。もう少し、皆の心の支えとして孔明様には働いていただかねばなりません」
「うわ、諸葛亮様かわいそう・・・。たまに頭撫でてあげよ」



 私はこれからもずっとここにいますからね、諸葛亮様。
の独り言のような決意表明に、月英は静かに目を閉じた。




良かった、諸葛亮様私のこと娘だと言ってくれた



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