口説き文句は三度まで




 あーあ、私も一度でいいから諸葛亮殿に口説かれてみたかったなあ。
周囲に誤解しか与えない文句をが零している。
あれもこれもどれも何もかも、彼女の中では口説き文句にカウントされていないらしい。
そうだとしたら、今までの彼女に向けた甘い言葉はいったい何として処理されていたのだろう。
まさかセクハラ・パワハラ、その他社内規則に罰則が規定されているハラスメント案件か。
諸葛亮は向かいのデスクでカフェラテを飲むの退屈げな顔を見つめた。
ちなみに昨日は季節限定マロンティーミルク多め砂糖なしを嗜んでいた。
甘いのが好きなのかそうでないのか、女心と味覚は日替わりで変わるらしい。



「言い方に語弊があります」
「でもほんとでしょ。聞いたよ~諸葛亮殿ってば隣の渉外部から新進気鋭のエリート引き抜いてきたって、しかも超イケメン。名前はえーっと」
「姜維です」
「そうそう、姜維殿! 花形部署の将来有望なイケメンをよく引っ張ってきたよね。ねぇねぇ、どんなこと言って口説いたの?」
「心を尽くして大切なお話をしたまでです」
「それできるんなら諸葛亮殿が渉外行ったが良くない? 送別会は開いてあげるから」



机片付けないとね~とぼやくが、引き出しの中身をデスク上にぶちまける。
彼女が何をしているのか、目的がさっぱりわからない。
席替えの指示はなかったはずだが、これで気が利くなので新入りのために席を明けているのかもしれない。
仮にそうだとして、は次はどこへ移るのだろう。
諸葛亮はちらりと隣の座席を横目で見た。
書類の山で埋もれてしまっているが、ここは確か人が座るべき位置だった。
今までは片付けろと散々言われても聞こえないふりを通してきたが、ついに腰を上げる時がきた。
隣にが来れば、これからは2人でのんびりと午後のティータイムを満喫できる。
彼女が日替わりで何を飲んでいるかもすぐに見当がつくし、ああ、だが手帳にそれを記す際は気付かれないように細心の注意を払う必要が出てくる。
姜維という若者をスカウトしたことにより、様々な事象が一気に好転と前進する。
諸葛亮は己が才幹に感動した。
今日だけは自惚れもいいはずだ。



殿、私の姜維スカウトを祝して今日は2人で祝勝会をしませんか」
「え~それ自分で言っちゃう? ていうかお祝いなら私が出さないといけないじゃん」
「いえ、私が誘ったので今日は私は」
「そう? あ、じゃあ私の出世祝も一緒にしてよ。飲みたい焼酎あるんだ」
「出世・・・?」
「そうそう! あれ、知らなかったの? 私、姜維殿が抜ける代わりに向こうに行くんだよね」



 私と姜維殿で席替えなんだよと楽しげに話すに、もう一度と詳細を伝えるよう催促する。
何も聞いていない。
だがそもそも、なぜは姜維の異動を知っていた?
誰にも伝えておらず、公示もされていない秘匿事項だ。
が諜報能力に長けているとは思えない。
ということは、誰かがに情報を漏らしたのだ。
情報を流したついでに出ていく部員の穴を埋めろと脅されたのだ、誰かに。
諸葛亮の脳内に犯人となりうる渉外部員の顔が次々と映し出される。
あれも怪しい、これも怪しい、組織ぐるみでを丸め込もうとしてもおかしくはない。
なぜならは対人関係構築においては、他の追随を許さない天賦の才の持ち主だ。
友人をつくれない、友人が少ない自分がいともあっさりと陥落したのが好例だ。
自分で語って虚しくなってきた。
このままではが奪われる。
何をもってしても引き留めなければ。
諸葛亮は立ち上がると、どたばたと私物をダンボールに突っ込み続けているの手をそっと取った。



「手伝ってくれるの? 諸葛亮殿やっさし~」
「生産部に残りませんか」
「でも私、もう司馬懿殿に行くって返事しちゃった」
「私に残ると返事をして下されば、その後の処理は不要です。司馬懿殿とも私が話を済ませてきます・・・」
「え~じゃあせっかくだから姜維殿を口説いた感じで私も口説いてよ」
「ずっと私の側にいて下さい。私にとっての穏やかな時間は、あなたなしでは考えられません」
「諸葛亮殿・・・、そういうの誰にでも彼にでも言うもんじゃないと思う」



 そんな言い方したら、プロポーズだと勘違いしちゃうじゃない。
頬を赤らめダンボールの底を見つめたまま、が呟く。
勘違いでも誤解でもなく、紛れもない本音だ。
諸葛亮は耳まで赤く染まったを、ゆっくりと背後から抱きしめた。




異動じゃなくて寿退職になりました



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