10.「ご主人様にお仕えできて幸せです」



 新しく始めたアルバイトはかなり体を動かすが、嫌いではない。
それなりの広さがある修道院の庭を履き花に水を遣り、たまにかすり傷をこしらえた子どもを癒す仕事に、
は極めて精力的に取り組んでいた。
がつがつ働かなければならないほど貧しい生活を送っているわけではなく、むしろ住まい自体は豪邸だ。
働く必要はないと言ってくれるのはありがたいが、せめて授業料程度は払いたいのがの本音だった。




「あ、おはようございますさん!」

「おはようございます」



 修道院の隣にある家から出てきたのは、院長のマルチェロとだ。
正直、彼女と話までできるとは思っていなかった。
彼女の保護者が運営する場所だから、もしかしたら顔くらいは見ることができるかもしれない。
ククールの紹介を受けた時はその程度の下心しかなかった。
下心があったから、ボランティア精神をフル稼働させて安時給で頑張ろうと思ったのだ。
それが、『おはようございますさん』である。
間近で見ると本当に可愛らしい。
笑顔ひとつ自分には向けようとしないマルチェロの隣にいるから、なおさら可愛く見える。
この仕事を選んで正解だった。
は久々にククールに心の底から感謝した。




「今朝はもういい。学校に遅刻するまで働く必要はない」

「あ、もうそんな時間ですか!?」

「はい。私これから学校なんですけど、さんはどちらに通ってるんですか?」




 同じだったら一緒に行きませんかと誘われ、は固まった。
そういうわけにはいかなかった。
今はぐるぐる伊達眼鏡を外しているが、学校ではあれをかけていなければならない。
そうでなければ、男どもを日夜焦がしている犯人が自分だと知れてしまう。
知られてしまえば最後、に完全に嫌われてしまう。
は心を鬼にしての申し出を断った。



「僕、隣町の学校に通ってるんです」

「そうなんですか・・・。ククールからの紹介って聞いたから、てっきりクラスメイトとかかと・・・」

「ははは・・・」

、遅れるぞ」

「あ、はい! じゃあマルチェロさん、さん、行ってきます!」



 にこやかに手を振って背を向けたに、でれでれの表情を浮かべ見送る
マルチェロから尋常でない殺気を感じたのは、その直後のことだった。




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