04.無意識の誘惑



 例えば、バインダーに視線を落としている時。
例えば、ホワイトボードの書かれた文字や図を見つめている時。
うーんと呟き少し曲げた左人差し指を唇に当てる仕草に、ときめきを感じずにはいられない。
おそらくは癖なのだろう、考え事をしている時のコーチはいつも似たようなポーズをとっている。
指になりたいと何度思い、そのたびに己が欲望に恥じ入ったことか。
神童は今日もベンチに座り、おなじみのポーズでグラウンドを眺めているをぼうっと見つめた。
注がれる視線に気付いたのか、がこちらへと顔を上げるとにこっと笑い手を振ってくる。
あの人は本当に大人なのだろうか。
大人があんなにも無邪気な笑顔を浮かべることができるだろうか。
神童は自身にだけ捧げられたの笑顔を目にして、ひときわ大きく心臓が大きく鳴ったことに顔を伏せた。




「うーん・・・」

「どうした? また悩み事か?」

「ねえ円堂くん、私が神童くん見つめるたびに神童くんそっぽ向くんだけど、これってもしかして私嫌われてる?」

「そうかなあ。、ああいう奴に好かれやすかったから逆じゃないか?」

「好かれやすかったから今、ここにいるんですけどね」





 ああ、またコーチがこっちを見ている。
いつまでも顔を上げられない。
今コーチ、どんなこと考えてこっちを見てるんだろう。
うつむいたまま悶々と考え込んでいる神童の肩を、霧野がぽんと叩いた。




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