暴走おめでとう







 珍しい光景を見た。
トロデーン王国に仕える歳若き兵は、つい先程垣間見てきた男女のやり取りを同僚たちに話して聞かせた。
ものすごく仲良くしているというわけではないが、父親あるいは兄のようにを見守り可愛がっているマルチェロが、可愛がるべき対象であると口論をしていたのだ。
ちょっとマルチェロさんに懐きすぎと夫から窘められるほどにマルチェロに懐いているが、そんなマルチェロを相手に戦っている。
親子喧嘩だろうけどどうせ。
話を終えぼそりと呟いた兵士は、突然背後から殺気を感じた。
そういえば今、ここにはさんの旦那様もいたっけな。
滅多なこと言わないでよとぶすくれている我らが近衛隊長に、彼と同期だというのにちっとも冴えた生活を送っていない兵は声をかけた。




「隊長としては親子喧嘩してもらった方がいいんじゃないのか? 子離れしてくれそうだし」


「親子喧嘩が前提ってのが気に入らないの。マルチェロさん確かに老けて見えなくもないけど、言うほど歳離れてないんだから」


「なーにそんなに警戒してんだよ。お前が出張行ってる間、誰がさんの放浪癖止めてると思ってんだ」

まだ1人で竜神王狩り行ってんの!?」




 とりあえずその竜神王とかいう超高貴そうな王を狩るとか言ってやるな
見たこともない王に同情してしまう。
笑顔が素敵でとても強力な呪文を操るようには見えないさんが、仁義なき狩りなどするはずがないのだ。
世界中あちこち旅をしていた間に近衛隊長は何を学んできたというのだろう。
罵詈雑言のボキャブラリーが増え、無駄に恐ろしくなっただけのように思えるのは気のせいか。




「まぁ僕としては、が喧嘩するにしてもマルチェロさんと会ってるのが嫌なんだよね。ついでに君に馴れ馴れしく『さん』って呼ばれるのにもちょっとイラッとする」


「じゃあ何て呼べばいいんだよ・・・」


「強いて言えば、彼女の名前を口に出すことなくの話をする、かな。よし、これトロデーン兵士規律に追加しとこう。
 僕の奥さんの名前を許可なく口にしたらギガブレイク、と」


「・・・もうお前どっか別のとこで新しい国興して独裁政治してこいよ・・・」





 それもいいかもねアスカンタ辺り攻めてみようかなと、本気とも冗談とも取れる言葉をのほほんと発言するに、いよいよ兵は切なくなってきた。
本当に彼の奥方は、彼の何に惹かれて結婚したのだろうか。
弱みを握られているのではないだろうか。
親子でもなんでもないが、仲の良いマルチェロ兵士団長に娶ってもらった方が幸せだと思う、彼女限定ならば。




「でも、なんで喧嘩してるのかは気になるよね・・・」



 俺はお前の脳が正常なのかどうか気になる。
そうと言えるはずもなく、兵は密かにため息をついた。






































 マルチェロは目の前の娘を見下ろし、今日何度目かもわからない『駄目だ』発言を繰り返した。
許されるわけがなかった。
夫の業務内容もそれなりに理解しているはずだろうに、なぜこの娘は突拍子もない事を言い出してくるのか。
これが愛の力というものなのか。
家族愛にも恋愛にも友愛にも疎遠なマルチェロには、到底理解しがたい力だった。





「年に一度しかないんですからお願いマルチェロさん、やろうって言って下さい!」


「・・・本当にその日なのか? 奴は城の近くに捨てられていたのだろう?」


「おじいちゃんに訊いたら教えてくれたんです。今までの分も含めて盛大にお祝いしなくちゃが可哀想です!」


「だからといってその日一日の仕事を放り出すなど、近衛兵としての自覚に欠ける」





 ライフアンドワークバランスの関係は大切なんですと言い募るに、マルチェロはの仕事ぶりを見せてやりたくなった。
仕事中、たとえそこが出張先であってもと愛妻のことしか考えていない男に、家庭と仕事のバランスなどあるはずがない。
いつだって仕事は二の次三の次だ。
仕事を第一に考え行動したことなど、今までに一度でもあっただろうか、いやない。
やっつけ作業なのか、サザンビークへ行けば手っ取り早くチャゴスに言うことを聞かせるためにギガスラッシュ。
サヴェッラ大聖堂に行けば、大司教から法皇に昇格したニノにその節はどうもと告げ軽く談笑。
マルチェロは過去の都合上からかの聖堂へは行かないため、ここでの行動は部下の報告で知るしかないが。
アスカンタなど、王を訪ねる度に僕もゆくゆくはこんな素敵な場所でゆっくり王様業したいですねなどと口にしてパヴァン王をびびらせている。
あの男は国益や国交など考えていないのだ。
サザンビークとサヴェッラでは、早く帰国する。
アスカンタでは余生を楽しく過ごすための下見をしているだけなのだ。
そんな男に、たかが生誕を祝うために丸一日の特別休暇を与えるわけにはいかなかった。
マルチェロも、彼の誕生を祝うつもりはさらさらない。
第一、使う金が惜しかった。





「じゃあ、だけが駄目ならその日は半日全員お休みにしましょう。そうすれば平等です」


「目を覚まし頭を冷やせ。・・・奴はお前に祝ってもらえばそれで満足だと思う。帰宅したあれを労わる、それでいいだろう」


「それだといつもと一緒です。マルチェロさん昔、私が修道院近くに住んで3ヶ月かそのくらい経ったらお祝いしてくれました。私、あの時すごく嬉しかったんです。
 だから私もをお祝いしてあげたいんです」





 そういえば、そんなこともやったかもしれない。
絶対にには知られてはならない思い出だった。
彼と戦って負ける気はしないが、色々と後始末が面倒なので彼との戦闘は回避したい。
と戦う時は技の性質上、物がよく壊れる。
そのため城を離れ近くのだだっ広い草原で戦っているが、そこは今では魔物も寄り付かない場所となっていた。
あの縄張りに入るとグランドクロスかジゴスパークで滅ぼされる。
魔物たちの間では有名な話になっていると、先日城を訪れたモリーという変人が話していた。
どうやら自分とあの男はラプソーン亡き後、魔物界のヒエラルキーの頂点に君臨するようになったらしい。
当時あれだけ望んでいた頂点は、意外にもあっさりと手に入るものである。





「・・・祝うとして、具体的に何をする」


「美味しいもの作って皆でお祝いした後に宴会でしょうか・・・」


「・・・ただの宴会ではないか」


「それでいいと思います。だって、結構皆さんにご迷惑かけてそうだし、いつものお詫びも兼ねようと思ってるんです」


「本人は迷惑をかけているという自覚は微塵もないがな」




 お願いしますと再三頼まれ、マルチェロはさすがに拒み続けることができなかった。
他でもないの望みである。
が喜ぶかどうかはともかく、彼女が悲しむのはあまり見たくない。
加えて、を悲しませるなんてどういう料簡してんですか決闘ですと迫られるのも面倒だ。
マルチェロの許可を取り付けたは、満面の笑みを浮かべ来たるべき誕生祝賀会の支度を始めるのだった。



































 ぱんぱんとごく小さめのイオが空を彩り、に大きな花束が手渡される。
何が起こったのかさっぱりわかっていないに、はお誕生日おめでとうと声をかけた。




「えーっと・・・・・・、僕に誕生日なんてあったっけ・・・?」


「おじいちゃんから教えてもらったの。今日はをお祝いするのと、いつもお仕事頑張ってらっしゃる兵士の皆さんを労う会なの」


・・・・・・、僕だけじゃなくて皆もなんて優しすぎるよ、もったいない」


「もったいなくないよ。皆さん、毎日うちの夫がご迷惑かけててすみません」


「迷惑なんてかけてないよ、ねぇ」




 の問いかけに、兵たちは無言で食事に手を伸ばす。
ひどいよみんなとショックを受けている夫に、は自業自得だよと続けた。




「私のこと考えてくれてるのは嬉しいけど、私は皆さんに『さん』って呼ばれるの嬉しいよ? だから妙な規律なんて作らないで上げて」


「誰が僕のを誑かしたの?」


「そういう事言うから皆さん困ってるんだよ、





 誕生を祝ってもらうはずが日頃の素行を窘められる場となりかけ、は肩を落とした。
自分もちっとも知らなかった誕生日を祝ってもらうというのはどれだけ素晴らしいものかと思いきや、まさかからお叱りをいただくとは。
マルチェロに叱られるよりも数百倍は可愛らしいが、のためを思いやっていることを否定されると悲しくなる。
というか誰だ、に新しい規律の話をするのにかこつけて接近を図った不届き者は。




、僕ね、歳に似合わずこんな大層な役目を仰せつかっちゃったからまだ戸惑いが大きいんだよ。だからみんなをどうやって纏めればいいのかわかんなくて」


「そうなの?」


「うん。出張多いし仕事も面倒だし、ストレス溜まっちゃうんだよね・・・」


「・・・あの、仕事場で仕事の文句堂々と言うのはどうだろう・・・?」





 が自分を養うために働いてくれるのは感謝している。
どんなに働いてもトロデーンの財政状況は厳しいのか給料はそれほど貰っていない気もするが、魔物を倒さず稼ぐ生活とはこういうものなのだろう。
日頃の苦労を労わり、ついでに夫の仲間たちにも礼をする。
我がアイデアながら素敵と思っていたが、どうやらはいまひとつ気に入らないらしい。
仕方がない、ここは奥の手を出すか。




「誰のためにこうして貴重な時間を割いていると思っている。素直に喜ぶか必要ないと拒絶するかのどちらかにしろ」


「一番こういうことが苦手そうなマルチェロさんがちゃっかり来てるのが気味悪いんですよ。を甘やかさないで下さい。
 あんまり兵たちの前に出さないで、みんながに惚れるから」


「お前も少しは頭を冷やせ」


「そうだよ、マルチェロさんが今度の出張代わってくれたんだよ? もう少し素直にありがとうって言わなくちゃ」





 本当にこの男はどこまでに甘いんだ。
出張を代わってくれたのもおそらくは、に頼まれたからだろう。
そうでなければ世界の陸地と海が逆転しても諾とは言わない。
記念旅行に行きたいねというの誘いにはもちろん行くよと即答する。
旅行の帰り道に今度こそ、アスカンタを攻め滅ぼしてみようか。
あの引っ込み思案な王なら、モグラの棲み家当たりでも健気に生きていけそうな気がする。





、今年みたいな盛大なことはしなくていいから、来年からはもう少しひっそりとお祝いしてくれる? 僕はに祝ってもらうだけで充分だよ」


「わかった。そうだよね、毎年こんなことやってたらトロデーンの国防費ちょっともったいないもんね」


「・・・これ、国防費でやってんの? なに了承してんの、王」




 国民の皆様、僕の誕生日を血税で祝ってくれてどうもありがとう、そしてごめんなさい。
次回のボーナスの一部、いや、それで足りないならばゴールドマン狩りでもして少し国庫に寄付しようと決めただった。








あとがき

11月27日は、ドラクエ8が発売された日だそうです。ということで、公式設定なんて知らないけどのその日を8主の誕生日にすればいいじゃないという安易な考えを披露。
アスカンタが戦乱に見舞われるのは時間の問題だと思われます。
プレイしていたとある時、本当にトロデ王から『今のお主たちならアスカンタあたり滅ぼせる』と言われ、衝撃を受けた記憶があります。





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