終わりの始まり   2





 空中に浮かぶ大地を踏みしめながら、まだ見ぬ目的地へと着実に歩を進める。
地上とは比べ物にならないくらいに強力な魔物に多少の苦戦を強いられながらも、たちは久々に血が騒ぐのを感じていた。




「やっぱり派手に呪文唱えるのが私、性に合ってるみたい」


「ククールを焼き焦がすよりも気持ちいいでしょ、ゼシカ」


「そうね、メラゾーマは魔物にぶつける時が一番綺麗ね」


「ククール何をやってるんでがすか。いい大人が・・・、あっしは情けねぇでがす」





 侮蔑や哀れみの視線を投げられたククールは、ふんとそっぽを向くと開き直った。




「美しいレディに声を掛けて何が悪い。それにゼシカだって、そろそろ身を固めねぇと」


「もっぺん燃やされたいのかしらね、この馬鹿は」






 言うよりも早くゼシカの手の中に現れた火球に、ククールの笑みが引きつった。
こんな、右も左もわからないところで死んでたまるか。
天国にオディロ院長はいるだろうが、今現在探している彼女はいないのだ。
生死の境を彷徨って彼女の魂とばったり出くわせるのならば、いくらだってゼシカの火球制裁も受けよう。
しかし、いないのならば死に損というものだ。





「・・・変わらないんでがすか、この2人は・・・」


「まぁ、そっちの方が僕も安心するよ」






 メラゾーマの火球から逃れようと大きく背を反らしたククールの身体が、道から外れ下へ落ちかける。
は手のかかる大の男に向けて容赦なくブーメランを叩き込むことで落下の危機を救うと、すたすたと1人で先を歩き出した。
こんなところで油を売っている暇はないとでもいうように脇目も振らず、でも宝箱だけはしっかりとチェックして歩き続ける。
小さな小さな、それこそ見落としてしまいそうなくらいに控えめな墓の前を通り過ぎた時、の頭に不思議な声が響き渡った。






『進みなさい。あなたがもっとも欲し、望む道を』


「え?」





 は足を停めると墓を見下ろした。
エルトリオと書かれたそれに、妙な気分になった。
なぜだか、とても懐かしく感じた。
知るはずのない名前に惹かれ、聞き覚えのない声に愛情を思った。
どんな人の墓なのだろう。
は見ず知らずの人の墓に手を合わせると、やや遅れてやって来るヤンガスたちを待った。
知らぬ間に急いでいたらしい。
これほど地上とは違う世界が広がっているのだ。
この先に何か、かつて見たことも味わったこともないような出来事が待ち受けていてもおかしくない。
それに、異界に住む者の方がについての話もすぐにわかってくれるかもしれなかった。
ヤンガスたちと合流し再び歩き始めただったが、その足が長く動くことはなかった。
洞窟の終わりなのか、固く閉ざされた扉が現れたのだ。






「・・・これは」


「行き止まり・・・ってわけでもなさそうだけど、鍵穴がないわ」




 押しても引いてもびくともしない扉に、たちは顔を見合わせた。
あっしの斧でぶち壊しましょうやとか、いっそのこと燃やしてみるといった物騒な発言も飛び交う。
しかしそれらの意見を無視するかのごとく、先程まで全く存在感のなかったトーポがのポケットから飛び出した。
トーポの身体が白い光に包まれ、一瞬視界が閉ざされる。
再び目を開けた時トーポの姿はなく、老人がぽつんと突っ立っているだけだった。
おまけに扉だって開け放たれている。





「あれ・・・、トーポは・・・?」


「ここじゃ、ここ」


「あはは、僕目が悪くなったみたいだ。トーポが人間に見えるや」


「人間ではない、竜神族じゃよ





 竜神族と名乗るトーポは、の肩をぽんとたたくと勝手知ったるように扉をくぐった。
うっすらと遠くに家並みが見える。
ここは竜神族の里じゃと話す老人を、はぽかんと見つめた。
竜神族とは何ぞや。というかこの人、本当にトーポなのか。
混乱したたちを尻目に、老人はすたすたと先を進み始めた。
柱にもたれかかってぐったりしている耳の尖った若者がいるが、それには悲しげな視線を投げかけただけだった。
あわてて後を追うたちに向かって、何も驚いてはいかんとしんみりと告げる。
そして、わしの本名はグルーノじゃと呟くと、集落の最も奥にあるやや大きな家へとを促した。





「邪魔するぞ」


「そ。そなたは・・・・・・グルーノか!?」






 グルーノと同じくらいに齢を重ねた老女が椅子から立ち上がった。
彼の後ろに立っているを見て目を見開く。
指を差しわなわなと震え、なぜと呻いた。






「あの・・・」


「まさか・・・、あの時の赤ん坊というのか、この若者が・・・」


「そうじゃ。ウィニアと人間との間に生まれたじゃ」





 の周りに老人たちが集まってくる。
口々になにやら言い交わしているが、にはさっぱり理解できない。




「この爺さんたちはなんなんでがすか・・・」


「なーんかのことで揉めてるみたいだな。つーか、こいつら人間じゃないみたいだな」


「わしらは竜神族。太古の昔よりこの世界で生きてきた種族じゃ」






 グルーノは蚊帳の外に置かれているヤンガスたちに手短に説明すると、再び長老たちの話の輪に加わった。





「人間じゃから里から追放したのじゃ。今更迎え入れることなぞできぬ」


「しかしここまで来たということは、よほどの強さを誇ると見える。
 それに、地上とを繋ぐ唯一の扉を開けたのじゃろう・・・」


「人間に頼るというのか? 里の一大事を」




「・・・あの!!」






 耳元でわあわあと騒がれ無遠慮な視線に晒され続けてきたが、ついに声を荒げた。
さっきから話を聞いていたら、酷いではないか。
なんだその人間卑下嫌悪主義は。
どうでもいい話は聞きたくない。知りたいのはのことだ――――。





「・・・なんじゃ」


「皆さん、ずっと昔からいる人だちだって聞きました。だったら・・・、翼持つ一族、白翼族って知ってますか」


「とうの昔にラプソーンによって滅ぼされた種族であろう。武を誇るわしらと対をなす、高き魔力と霊力を持つ種族じゃ。
 それがどうした」


「今も、生きてるんです。最後の白翼族が」


「ありえん」


「嘘ではない。わしがしかとこの目で見た。あれは紛れもなくかの種族だった。人間の血も混じっておったが」





 ばっさりと切って捨てようとした老人にグルーノは口を挟んだ。
言えとをあごでしゃくると、難しげな顔をして俯く。
のことに関してはグルーノも彼なりに案じていた。
彼女は果たして、この青年にふさわしい娘なのか。
対極にある彼らに待ち受ける運命は、決して良いものとは言えないのではないか、と。





「その白翼族の子を探してるんです。神鳥レティスの創り出した杖に戻ってラプソーンを倒してから、会えなくなりました。
 まだ生きてるのに」


「悪いことは言わん。魂を呼び戻すなど人間にはできぬ芸当じゃ。竜神王ならまだしも」


「なら王に会わせて下さい。王に頼みます」






 墓穴を掘ってしまったとばかりに長老は顔を見合わせた。
今目の前の青年は、竜神王に会うことと白翼族の娘のことしか考えていない。
下手に止めれば暴走しかねない。
彼だって半分は竜神族の血を引いているのだ。
怒りや負の感情が頂点に達した時の荒れ方は、同族のことゆえ他の何よりもよく知っている。
それに連れの人間もものすごく短気そうだ。
老女は静かにを見据えた。
行きたいというのならば行かせてやろう。
それで王が正気に戻れば願ったり叶ったりだ。
白翼族云々の願いは王が決めることであり、必ず報われるとも限らないのだ。






「・・・そうまで言うのならば行くがいい。天の祭壇の最奥におわす、正気を失われた竜神王を倒し、己が願いを告げるがいい」


「ありがとうございます。・・・みんな、ラプソーン以来の死闘だよ、たぶん」


「腕がなるでがすな! 竜神族というぐらいでやすから、やっぱり竜でがすか?」


「だったら燃やすよりも氷漬けの方が良さそうね、ふふふ・・・」





 意気揚々と天の祭壇へと向かいだしたたちを、呆気にとられた様子で見送る長老たちだった。



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