青年の奮闘記




 その日、見すぎてすっかりぼろぼろになった人事異動書を見ては盛大なため息をついた。
できればこんな人事、職権濫用してでも握り潰したかった。
彼が嫌いなわけではないのだ。
ただ、彼を前にすると在りし日の劣等感が甦ってしまうのだ。
嫉妬に燃える男の性とでもいうのだろう。





「なんだって僕ばっかり妙な目に遭うんだよ。ほんとを恨みたくなる」





 トロデーン城の外れにあるこじんまりとした家の台所で、くしゅんとがくしゃみをした。

















 がマルチェロと再会したのは、本当に偶然の出来事だった。
ゴルドでの別れ以来消息を絶っていたマルチェロが人助けをしていたところに出くわしたのである。
あの傲岸不遜で他者をまったく顧みないマルチェロが人助け、である。
魔物に襲われていた母子連れを守っていたのだが、ちょっと数が多くて面倒だったのでが焼き払ったのだ。
実際、マルチェロは苦戦などしておらず、ばっさりざっくりギガンデスをなで斬りにしていた。
むしろ余計なことをと文句を言われ、ベホイミの恩恵にまであずかってしまったぐらいである。
いろいろあったがやはり彼の事を心配していたは、特に行く当てもないように見えたマルチェロをトロデーンに連行した。
今思えば、マルチェロをトロデーンに迎え入れるためにずいぶんと熱弁をしたものだ。
にやんわり駄目だよと言われ、それでもめげずに姫様に訴えたのがつい最近のことのように思い出される。






「でもほっとけなかったし、悪いことはしてないよね。
 マルチェロさんが来てくれたおかげでもお仕事楽になってるみたいだし・・・」






路頭に迷った(かも知れない)恩人と、これからは毎日会える。
さすがに昔のように呪文を教えあったりはしないだろうが、知り合いが増えて楽しくなるはずである。
そう暢気に考えているのは自分1人だけだということに、はまったく気付いていなかった。























 近衛隊長のは、その役職柄兵士たちを束ねるマルチェロに会うことが多い。
公の場だから一応真面目に兵がどうだと仕事の話をするのだが、ひとたびその時間が終われば2人は完全に対立していた。
正面向かって死ねとはハゲとかチビとか言うのではない。
の処遇をめぐっての対立なのだからややこしいのだ。
別にマルチェロはを好いているわけではなかった。
しかし、何かいろいろ気に障るのである。
その思いは大事な身内を思うものに似ていた。
もっとも、彼は自身の本当の身内を大切だなどと思ったことは一度たりともないのだが。







「マルチェロさん、あなた何なんですかいっつもいっつも。の身内ですか、お父さんですか」


「お前がまともでないから注意しているだけだ。お前の義理の父になどなりたくもない」


「じゃあほっといて下さい。僕たちの結婚生活に口挟むの止めてください」







 マルチェロがトロデーンにやって来てから絶えない痴話喧嘩である。
毎日毎日似たようなことで衝突し、決着が付く前に物別れする。
初めの頃はまだマルチェロもそれほど出世していなかったから会う機会もなく、周囲を巻き込むこともなかった。
しかし彼の出世のスピードは並ではなかった。
今や2人はほとんど同じ地位にいる。
そのことがまたの劣等感をほんのちょっぴり、しかし確実に刺激するのだ。
本当に、なんだってこんな厄介な人連れてきたんだと妻を叱りつけたいぐらいである。
それができない理由はただひとつ、がマルチェロに懐いているからだ。
彼を追放しようものなら、の馬鹿大っ嫌いとか言っていつぞやのようにまた家を飛び出されかねない。






「・・・絡みじゃなかったら割といい人かもしれないのに・・・」


「それは私の台詞だ」


「もう本当に僕とに関してはマルチェロさ「あ、マルチェロさん!」





 マルチェロさん入り込む隙なんてないんですから。
そう言いかけたの言葉は、の明るい声にかき消された。
しかも、自分ではなくマルチェロの名を呼んでである。
の眉間に深い皺が刻まれた。
そして、彼女の腕の中にある弁当箱を見てさらにイライラが募る。






「どうした」


「今日の晩御飯作りすぎちゃいまして。もったいないからマルチェロさんもらってください」


「余りものを私にか。・・・もらっておく、いつも助かる」


「そんな全然気にしないで下さい。あ、でも味は好みで甘めにしたからマルチェロさんにはきついかも・・・」


「そんなことはない」






 はマルチェロの態度に憮然とした。
と対する時は、ものすごく優しいのだ。
他人には絶対零度の振る舞いでもって接する彼なのにだ。
その優しさをもう少し器用に振りまいておけば、こんなにやきもきすることもないのだ。
がぶつぶつと文句を呟いていると、と肩をつつかれた。
見ると、不安げな顔をしたがいる。






「どうしたの? なんだか暗い顔して、どこか具合でも悪いの? もうお仕事終わったんなら早く帰ろ?」





 熱とかないよね、と額に手を当てようとしたの腕をは掴んだ。
なんだかとてつもなく心がもやもやしていた。
原因の大半はマルチェロだろうが、だったら尚更この場から立ち去りたかった。
看病してもらうならやっぱり2人きり(トーポもいる)になれるマイホームがいい。
家に帰ってから看病してくれると尋ねると、ほんのりと頬を赤く染めてがこくりと頷いた。
自宅への帰宅間際、弁当箱を抱えて苦虫を噛み潰したような顔をして突っ立っているマルチェロに、はにやりと笑った。


































 家に帰るとすっかり元気になったを見て、はその時初めて彼が仮病を使ったということに気が付いた。
あれだけ回復呪文を唱えるのは得意なのに、好きな人の仮病も見抜けないとは。
突きつけられた現実には悲しくなった。
私回復呪文唱えていいような人じゃないと絶望的なことを言い出した彼女を、逆にが謝って慰めるくらいである。
人じゃないでしょというツッコミは、口に出したらいけないので心の中でしたが。






「仮病つくぐらいにはお城のお仕事嫌なの?」


「嫌なのはマルチェロさんと顔合わせることだよ。あの人のこと嫌いじゃないけど、なんだかもやもやする」


「それって嫌いっていうんじゃないの?」


「違うよ。仕事してる時はあぁやっぱりこの人有能な人だなあって尊敬すらしたくなるよ、たまにだけど。
 でも・・・、絡みになるとギガデインぶつけたくなる、結構な頻度で」






 自分の好みだという甘めのカレーを食べながらは小さくため息を吐いた。
どうなんだろうねとに意見を求めると、不思議なことに彼女の顔は笑っている。
笑っているというよりも、必死に顔の筋肉が緩むのを押さえているという感じだ。







「何がおかしいの? 僕、割と真面目にマルチェロさんのこと考えてるんだけど」


「うんうん。・・・でもそれってちょっと嬉しいかも」


「は?」


「だって、私がマルチェロさんばっかり構ってるからやきもち妬いてくれてるんでしょ?」







 自分で言っちゃったら恥ずかしいけど、話聞いてたらそうとしか思えなくって。
やきもち、という新たな考えにはカレーを運ぶ手を止めた。
自分がマルチェロにやきもち。
それはなんだか彼をライバルとして認めているようで、ある意味ショックだった。
彼はに対しては恋愛感情の欠片も抱いていないのだ。
1人で気を張って頑張ってやたらと敵視していたようで空しくなった。
もしかして初めから軽くあしらわれていたのかと思うと、怒りの前に自身の恋は盲目さに泣けてくる。








「えへへ、この間マルチェロさんにも言われたんだ。マルチェロさんが来てからでがやきもち妬いてるみたいって」


「・・・僕、やきもち妬きだったんだね。でもって、ものすごく独占欲強いんだね」


「そうみたいだね。でも大丈夫だよ、私はの奥さんだからが独占していいんだよ」


「それ、ものすごい殺し文句だね










 やきもち妬きだということを自覚したの日常は変わったのか。
否、以前と全く寸分の違いも見当たらない剣呑さでマルチェロに挑んでいたのだった。







あとがき

どこが甘めなのか、カレーの辛さが甘いようです。
ED後にしたつもりですが、逆ハーは私にはできないということが発覚しました。
4年目の月華もよろしくお願いします。




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