アリアハン ５
バースと名乗った盗賊の言葉にリグたちは言葉を失った。
決して驚いたのではない。
聞いたこともないような名前を平然と大げさに言ってのける変人に不信感を抱いたのだ。
「・・・・・は？ 私、王宮に仕えてから一度だってバースなんて盗賊の名前聞いたことはないんだけど」
ライムは自分と同じように訝しげな表情を浮かべている彼らを顧みた。
「俺は盗賊に会ったこと自体が初めてだし、てか、なんで今俺がこいつを盗賊だって言ったのかすらわかんないんだけど」
「私も・・・。あ、でもバースさん・・・、悪い人じゃないと思うよ。だってさっき私に回復・・・」
エルファが回復呪文を使ってくれたと言おうとしたのを、無理矢理バースが横から口を挟んで止めた。
彼はエルファの方へ身体を向け、真剣な顔で尋ねた。
「エルファって僧侶だよね。でも、ここら辺の僧侶とは全然違う服着てる。俺が見た感じそれは遠い異国のものだよ。それだって君の記憶探しの手がかりになるかもしれない・・・」
バースが知らないはずのエルファの記憶喪失という事実を知っていたことに、リグは過敏に反応した。
なぜ初対面の男がエルファのことを知って、なおかつ記憶喪失だということも知っているんだ。
なんだかおかしい、こいつは。
リグは不審者扱いをした瞳で見つめ詰問した。
「どうしてエルファと会ったばっかのあんたが、エルファには記憶がないって知ってんだよ。もしかしてあんた・・・、記憶喪失以前の知り合い？」
「・・・というわけではないけど、盗賊の勘ってやつ？ あんたも似たようなもんじゃん、盗賊なんて見たこともないってのに俺の職業当てたりして」
「それは・・・」
「やめて２人とも！」
普段は声を荒げることのないエルファが、大きな声でリグとバースの言い争いをやめさせた。
リグはその声にはっとして彼女の方を振り返る。
エルファはまっすぐバースを見つめ、１つ１つ確かめるように言った。
「バースさんはきっと、私やリグが知らない世界を知ってるんだと思う・・・。
私には確かに記憶がなくてみんな初めてのような感じがするけど、この人が知ってる世界のどこかには、私が忘れてる知り合いがいるのかもしれない。
そして、あなたがもしその人たちのことを知っているというのなら・・・、私はバースさんに会ったことを嬉しく思いたいな。
お願い、もし私のことを知ってる人と面識あるんならいるのなら、私にその人のことを教えて。・・・お願い」
「エルファ・・・」
バースはエルファをじっと見つめた。
驚いた顔がふっと優しい顔になり、にこりと綺麗な笑みを作った。
「残念だけど、俺は君が思ってるほど世界については詳しくない。でも、俺は君の知り合いを一緒に探すことならできるよ。
・・・それが、俺に唯一できることだから・・・。」
「え・・・？」
エルファはバースが呟いた言葉に首を傾げた。
何やら悲しげな声音で呟いていたような気がするが、気のせいだったろうか。
どうしたのと訊きたい衝動に襲われたが、それを尋ねるのはやめることにした。
人にはそれぞれ言いたくないこと、聞かれたくないことがある。
それを詮索するのは良くないことだ。
エルファはそう思うことにした。
エルファがどこかほっとした気分になった時、後ろからライムのため息が聞こえてきた。
なんだか疲れたようなため息だ。これはどうしたのと訊いてもいいだろう。
「この人が天下の大盗賊じゃないってことは確かだけど、あの身のこなしから見ても随分と旅をしてきた人みたいね。
どうしてまたあんな塔から落ちてきたのかは置いといても、エルファの記憶探しにしたって、これからの旅にしたって、この人さえ良ければ一緒に旅した方がいいんじゃないの？
ねぇ、リグ？」
ライムは旅のリーダーであるリグに意見を求めた。
リグは考えるような動作をしていたが、それもほんの数秒のことで、いいよと言った。
「旅に仲間は必要だし、何も知らない俺たちだけじゃ心許ないとは思ってたとこだったしな。俺が見た感じ、こいつ盗賊とは言ってるけどきっと人から物盗んだりはしてないだろ。
さっきは悪かったな。お前みたいな奴がいると心強いと思う。よろしくな、バース」
リグはそう言うと手を差し出した。
が、そこには既にバースの姿はなく。
どこに行きやがったんだあの盗賊はと首を巡らすと、彼はエルファの方を向いて何やら嬉しげに語りかけていた。
いきなり話しかけられてさぞやエルファも困惑しているだろうと思っていたが、案外彼女も楽しそうである。
「エルファ、俺のことは呼び捨てでいいから。それからあんまり無茶するなよ？ 僧侶は前線で戦うようなものじゃないし。
何かあったら俺もいるから、困ったことあったらすぐに呼んで！」
「ちょっと、エルファに何かしたら承知しないからね」
べたべたとエルファに絡んでいるバースに、ライムが早速ちくりと釘を刺した。
バースはそんな彼女を見てまたにこりと笑い、何か投げ渡した。
慌ててそれを受け取ったライムは、包みを開きそれが鍵だと気付いた。
「バース、これ、もしかして・・・」
「あー、それ盗賊の鍵。塔に住んでる老魔法使いからもらった。その鍵は好きに使っていいから。それでレーベの開かない扉も開くと思うし。
たぶん、リグもそれを探しに行こうとしてたんじゃないの？」
塔に登るか否か、抜け道を探すか否かの問題はこうしてあっさりと解決した。
こうして、リグの平和への旅一行にバースという不思議な盗賊が仲間に入ったのだった。