そこに愛は皆無

Sweet or Bitter?





 今年もこの季節がやって来た。
アリアハン応急に使える戦士の中でも、剣の腕にかけてはこの人ありと言われているライムは、てきぱきと下城の支度を始めた。
早く帰らないとあいつらが来る。
この日は早く帰宅するに限るというのは、ライムがアリアハンで戦士として勤めるようになって一番最初に覚えた鉄則だった。
と言ってもこれは、あくまでライムのみに関する鉄則だ。
他の者達は、むしろこの鉄則がなければいいのにとすら思うくらいなのだから。




 下城の鐘が鳴った。
ライムは詰め所を真っ先に出る。
そのまま一直線に城下町へと向かうと、いた。
今年も何人かの彼女を待ち受ける人影が。






「ライムさん、今年はどなたかに渡されるんですか?
 僕、ライムさんにこれを渡そうと・・・。」


「ようライム、今帰りか? レーベだっけ、送ってくぜ、そこまで。」


「ライム、いい加減俺にくれよ。」





 彼女の姿を認めると、彼らはすぐさま近寄り口々にライムに話しかけた。
毎年毎年同じ事をやってよく飽きないと思う。
この男は確か去年も、こっちの奴は同僚だし、とライムは男達を素早く観察すると、ため息をついて一言、



「・・・悪いけど、私誰にもあげようとか思ってないから。
 恋人達の宝石なんて。」


と言った。





「そんな・・・。」




がっくりと肩を落とした男達を振り切ってライムは1人通りへと出た。
草陰からリグが手招きしている。
ライムは誰にも見つからないように、こっそりと彼について行った。



























 「今年もまた大層な人気ぶりで。」



「他人事だと思ってるでしょ。まぁ、匿ってくれるのはすごく嬉しいんだけどね。」


「だって他人事だし。」







 リグとライムはなるべく人通りの少ない通りを歩きながら、母リゼルの待つ家へと向かっていた。
毎年この日は、ライムは家に帰らずにリグの家に泊まっていくのだ。





「今年は18人。去年よりも1人多い。」




 しっかりと数を数えていたリグはそう言いながら家の戸を開けた。
お帰りなさい、とリゼルが声をかける。





「毎年毎年すみません、リゼルさん。」


「いいのよ。人って多くいた方が楽しいし。ゆっくりしていってね。」





リゼルが再び台所に入っていったのを見計らうと、ライムはバッグから包みを取り出した。
そしてリグに手渡す。
受け取ったリグは不思議そうな顔をしてライムを無言で見つめる。
視線をまた包みに戻すと、




「恋人達の宝石?」


と尋ねた。




「まさか。なんで私がリグにあげなくちゃいけないのよ。
 それはお世話になってるから。」



「そっか。」





 リグは頷くと、早速包みを開け始めた。
立方体の茶色くて、口に入れると溶けてしまうような甘味を持つであろうそれが、いくつか中に入っていた。
アリアハンの人々はこれを恋人達の宝石と呼ぶ。
中身はただのチョコレートなのだが、この時期に男女どちらかがこの甘い菓子を贈るという習慣から名付けられたらしい。
もっとも最近ではお世話になった人へ、義理で渡すなどいろいろな場合にも多用されている。
また、この宝石はその独特な慣例から、相手からせびるといった行為も許されている。
つまり、ライムは先程あの男達にせびられ、もしくは渡されようとしていたのだった。






「戦士になって初めてこの日が来た時、私本当に困ったわね。
 ちょうどリグとフィルが連れ出してくれたから良かったけど。」



「うん、あれはすごかった気がする。
 なんで女からも渡されてんのかと思った。」





以来それからはこの日になると、ライムの下城時刻に合わせてリグかフィルが彼女を連れ出すべく見張っているのだ。
大切な姉的存在であるライムを守るのは、いつもとは違った事なので2人は楽しんでいたのだが。




「でもなんで今更。くれるならもっと前からでも・・・。」



夕食前にもかかわらずチョコをつまんでいるリグは当然の疑問を口にした。




「だって来年からは、リグ旅に出ちゃうでしょう?
 私もついて行くけど、ひと区切りとしてね。」


「なるほど。これ、苦い。」



「あれ、苦いの好きなのフィルだったかな。包み一緒だから逆にしちゃったかも。」




ライムはビターチョコレートを食べて苦いと言う甘党勇者に向かって淡く微笑んだ。



























 「はいリグ、エルファ、バースも。」




「わ、チョコ? ありがとう。」


「・・・恋人達の宝石?」



「まさか。って去年も同じ事言ってなかったっけ・・・。」





 旅のちょっとした休息時間、ライムは用意しておいたチョコレートをそれぞれに差し出した。
これが恋人達の宝石と言う異名を持つことを知らなかったエルファとバースは首を傾げる。




「アリアハンではこの日にあげるチョコを恋人達の宝石って呼んでるの。
 好きな人とかにプレゼントするんだけどね、みんなにはお世話になってるから。」


「恋人達の宝石・・・、すっごく素敵な名前だね〜。」




ライムの解説に目を輝かせて言うエルファ。
そんな彼女の前にもう1箱のチョコが出される。
差し出したのはリグだ。




「これもあげるよ。恋人達の宝石・・・じゃないけど。」





妙な間を置いて言い、さらにバースの方を見て悪戯っぽく笑うリグにバースは少々むかっ腹が立った。
当のエルファは早速リグからもらったチョコを口に含むと、なんとも不思議な表情をした。




「リグ、これすごく甘いんだけど・・・。」


「町に行って一番甘いの選んできた。
 でもこのくらいが丁度いいよ。」




そう言って美味しそうにチョコを頬張るリグを見て、ライムが呆れたように言った。



「あのねぇ、みんなそんなに甘党じゃないんだから、大体そんなに食べると虫歯になるわよ?」


「どこが甘すぎるんだよ、これの。」




甘党勇者は悪びれることなく、結局3箱ほど平らげた。
一方ライムの贈ったチョコは全員から苦すぎると言われた。







「・・・来年、俺普通の持ってくるよ・・・。」


「私も・・・。」




バースとエルファは顔を見合わせてため息をついた。







あとがき

ギャグにしようとしてそうなりきれなかったんです。
ライムはものすごい美人ですが、18人からの求愛はすごいです。でも女性も含みます。





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