ダーマ 2
アッサラーム近くの洞窟には、本当に人間ではない生き物が住んでいた。
王の言うとおり、リグたちを取って食おうとする輩などではもちろんない。
人懐っこそうな顔をした背丈の小さな、俗に言うホビットだった。
だが人懐っこいのは顔だけで、とてつもなくつっけんどんで無愛想な性格だった。
「あぁ? 王の手紙?あるならとっとと見せてみろ。あんな字の汚い王は俺の知っている限りポルトガの王しかいない」
あくまで旅人に優しく接しようとしないホビット族の男に、多少の怒りを覚えつつも、エルファを前に出して彼の言葉に応戦させる。
エルファは相変わらずの雰囲気で男の気性の懐柔を始めた。
「あの、これがその王様の手紙です。王はものすごく黒こしょうを欲しがっています。それで私たちに」
「人がせっかく読んでいるんだ。少しは静かにできないのか。まったく、最近の若造ときたら・・・」
エルファの言葉が遮られた。
まるで気にすることなくにごめんなさいと素直に謝るエルファと、彼の言葉に妙な怒りを覚えるリグたち。
結局彼女はリグたちを宥めることになった。
「ふん、黒こしょうだと?あの王、そんなに欲しけりゃお得意の船で取りに寄越せばいいんだ。大体人に手紙を書くのにこの字の汚さはなんだってんだ、なぁ嬢ちゃん?」
「私その手紙読んでないんで・・・」
当たり障りのない返答を返しつつ、エルファはこっそりと彼の顔に目をやった。
果たしてこの男は本当にこの道を開けてくれるのだろうか。
この先には何があるのだろうか。
まさかそこらじゅうに黒こしょうがあるのか、もしくは売っているのか。
その前に、ここから先をどう進めばいいのだろう。
手伝えることがあるのであればと声をかけようとした直後、男はいきなり部屋の外へ出た。
そして気合を溜める。
リグたちはこれから何が起こるともわからない不安の中、遠巻きに彼の動作を眺めることにした。
突然彼はその小さな身体のどこからそんな声が出るのか、洞窟中に響き渡る声で叫んだ。
壁に、床に反響して襲ってくる雄叫びにリグたちは思わず耳を塞いだ。
耳を塞ぎつつも、決して彼から目を離すまいと見つめる。
男は何の躊躇いもなく、何もない壁に向かって突進していく。
案の定、とてつもない音がして頭と壁が音を立て、反動で天井からはぽろぽろと小石が降ってくる。
身の危険を感じたリグは、近くにいるエルファを引っ張ってライムとバースの元へと連れて行った。
心配げな顔で天井と男を交互に眺めているエルファがぽつりと漏らした。
「まさかこのまま・・・、天井が落ちちゃうってことないよね・・・?」
彼女の言葉にリグ達の間に妙な寒気が起こってくる。
こんな所で絶望的なことを言われては、いくら魔物たちと戦い続けている身であっても気分が落ち込んでくる。
小石はぱらぱらと未だに降ってくる。
いつ終わるとも知れない恐怖に4人はただ、この状況を作り出した張本人を恨むしかなかった。
「何をそこで縮こまってる。ほれ、道を開けてやったんだ。今から行けば、まだ日のあるうちには町に着くんじゃないのか?
ったく、このくらいでビビッて何が旅人だ」
ホビットの男の声がいやに優しく聞こえてくる。
気が付けば揺れも、小石の襲来も終わっている。
「助かった・・・!!」
「なにが助かっただ。お前たちは何もしてないだろうが。礼を言うぐらいの常識も知らんのか」
「わざわざ俺たちのためにこんな道を作ってくださってありがとうございます。えーっと・・・、名前・・・」
「ノルドだ!俺はこの洞窟を守り暮らす、ホビット族のノルドだ!!」
「そう、ノルドさん、ありがとうございました。これで王の願いも黒こしょうも、船も俺たちの手に入ります。」
道が開けた今、もうここに用はない。
日が出ているうちに町に着くためには、ここに長居をしている訳にもいかないし、
こんなさっきまで小石の降っていたような危険極まりない洞窟には長くいたくもない。
洞窟を出る間際、エルファがノルドに向かって大きな声で言った。
「もしもこの洞窟が崩れちゃったらぁー、アリアハンのリグって人のお家に来てくださーい!!」
「エルファ!余計な事を言わないっ!! 本当に来たらどうすんだよ。母さん驚いて倒れるかもしれないのに」
「大丈夫だよ。リゼルさん、そんな人じゃないでしょ?」
どこから来るのかわからない彼女の突飛な発言と考えに、頭を悩ませるリグであった。