Let's Dice!
示された数字は1。一歩踏み出した先にあるのは、開閉式になっている落とし穴。
戻ることのできない強制的な指示には、抗う術もなかった。
俺も男だ、あるとわかっている落とし穴に怖がるはずがない・・・!
すごろく場からリグが消えた。
打ちつけてそこそこに痛む腰をさすり階段を昇ったリグは、苦笑と爆笑の中ライムたちに迎えられた。
大丈夫と心配してくれるのはエルファだけである。
ライムの苦笑はまだ許せる。腹を抱えて爆笑するな、アホ賢者。
「俺ばっかりさせられてるけど、結構きついんだからな!」
「見てりゃわかるって。3回中3回とも落とし穴落ちてんだから」
「じゃあお前やれよ。人生器用に過ごしてそうだし」
リグは先程落下した際に尻の下敷きになっていたすごろく券を、バースに突き出した。
人里離れた森の中に、よくこんな娯楽施設を造ったものである。
客が来るのかと思っていたがチェーン展開しているらしく、黒字店舗で赤字を補っているらしい。
ちなみにここは大赤字。
久々の客人に従業員も大ハッスルしている。
だからといって、嬉々として落とし穴の開閉スイッチを押してほしくない。
「確かに、リグがこのままやってても落とし穴にはまるか、バリアで体力ごっそり持ってかれるかのどっちかよね」
「ほーんと面白いくらいに厄介なマスばっか止まってくよな。一度くらい宝箱に止まって中身掻っ攫ってこいよ」
「物盗りは元盗賊のお前が向いてんの」
バースは星降る腕輪を装備すると、不敵な笑みを浮かべスタートと書かれたマスに乗った。
なるほど、これは落とし穴には落ちたくない。
バリアのマスも思ったよりも広々としているし、迂闊に止まるとベホイミか。
とりあえず最初は無難にサイコロの数増やすために4がいいかな。
バースは4が出ることを祈り、ごろんと爆弾岩並みの大きさを誇るサイコロを転がした。
サイコロが示した数字は4である。
「すごいバース! なんだか幸先いいね!」
ぱちぱちと手を叩き喜ぶエルファにばちりとウィンクする。
ま、俺の手にかかればこんなのすぐにゴールインだってば。
バースは己の賭け事においての強運に、それなりの自信を持っていた。
軍資金稼ぐために魔物狩りするのが面倒で格闘場にこっそり出向いた時は、10戦10勝でざっと5000ゴールドは持ち帰ったことだってある。
だからすごろく場だって、楽々とゴールできると信じていた。
「何だ、このマス」
『?』と書かれたマスに止まったバースは、突如暗くなった場内に眉を潜めた。
うわとかきゃあとかいった声がリグたちの間から起こる。
何事かと身構えたバースだったが彼もまた、力強い何かに突き飛ばされすごろくから強制離脱させられる。
何すんだよとぼやきながら再び照明の付いた周囲を見回しぎょっとした。
先程までバースが立っていた『?』のマスの上には、エルファが突っ立っていた。
「えーっと・・・?」
「ちょっ、何やってんだよ従業員! プレイヤー俺なんだけど!」
「『?』マークは何が起こるかわかんないんですよー。ちなみに今のはプレイヤーが入れ替わるっていうイベントだったみたいですねー」
プレイヤーが変わってもこのまま続けられますから安心して下さいと言われたバースは、安心できるかと誰にでもなくツッコミを入れた。
何が起こるかわからない、落とし穴もバリアも待ち受ける危険地帯を歩かせるなどとんでもない。
それにエルファは必ずしも強運ではないはずだ。
あの子は命の危険に晒されないと、運の強さを発揮できない。
バースはマスの上のエルファを見つめた。
頑張るねと張り切ってリグやライムに手を振っている姿も可愛らしいが、今は見惚れている場合ではない。
バースはエルファに向かって声を張り上げた。
「エルファ! 途中棄権していいから!」
「駄目だよ! せっかくここまでバースが頑張ってんだから、後は私に任せて!」
「いや、危ないから! バリアとかすっげぇ痛いって!」
「やってみなくちゃわかんないよー」
「やったら危ないからやる前にやめてくれって!」
えーと困った声を上げたエルファは、無意識のうちに足元のサイコロを蹴飛ばした。
うわあぁぁぁぁぁと、バースがこの世の終わりのような叫び声を上げる。
そんなに大変なことなのかとリグがライムを見つめると、ライムはゆっくりと首を横に振った。
「・・・あそこまで保護者面されても嫌気が差さないって、エルファすごいと思うわ・・・」
「俺があんなことやったら、確実に『ウザイ、どっか行け』って締め出されるだろうな」
「・・・ほら、エルファとフィルは違うから」
示された数字の数だけ楽しげにステップを踏んでいたエルファは、山のマスで立ち止まった。
よりにもよって山のマス。魔物が襲われやすいではないか。
魔物どもめ、俺のエルファにちょっとでも傷をつけてみろ。
俺が即マヒャドで氷の中に永久に閉じ込めてやる。
外野にもかかわらず右手に魔力を集め始めたバースを見て、リグは一応止めに入ることにした。
「バース、外野でマヒャドやってもエルファのとこには届かないからな」
「・・・・・・」
「もう一度言おうか? ここでマヒャド唱えたら俺たち、たぶん一生かけても払いきれないくらいの賠償責任負うからな」
金銭面のシビアな話が飛び出し、バースの勢いが弱まった。
マス目では、エルファが現れたキラービーの群れ相手にイオラを唱えている。
このくらいなら1人で倒せるもんと小さくガッツポーズをしているエルファを目にしたバースは、今度はがくりと膝をついた。
「いつの間にこんなに強くなって・・・・・・。嬉しいけど、ちょっと寂しいかも・・・」
「キラービーくらい1人で相手できてないと、ここまでの旅でとっくにやられてるって」
「たかがキラービー、されどキラービーなんだぞ!」
「今日のお前、いつもの3倍めんどくさい奴だな」
リグはバースの相手をするのを放棄することにした。
これ以上はもう付き合っていられない。
リグは、外野の異様な賑わいなど全く気にせずマスを進めるエルファに視線を移した。
ちょっと言い合いをして目を離している間に、もうゴール前まで来ている。
3が出ればゴールだが、1が出れば落とし穴、4以上ならゴールで引き返さなければならない。
エルファは緊張した面持ちでサイコロを放り投げた。
戦利品を手にして満面の笑みで帰還したエルファは、リグの隣に座りこんでいるバースの元へ駆け寄ると、戦利品の一つを差し出した。
「はいバース、これお土産!」
「お土産とか・・・、俺はエルファが無事に帰ってきただけで充分」
「えー、でもバースが途中までいい感じに進めてくれてたからゴールできたんだよ?」
だからこれあげると言われたバースは、あまりの嬉しさにエルファの体ごと受け取った。
そうだ、どうせなら数多の危険を乗り越え一回りも二回りも逞しく、そして凛々しくなったエルファごと欲しい。
今日のバース変だよーと言いながら抱き返してくるエルファを前にしたら、本当に彼女自身はお土産ではないかと勘違いしている。
もう勘違いしたままでいいや、幸せだし拒まれてないし。
都合のいい夢に浸りかけていたバースの頭に、リグは容赦なく剣の柄をぶち当てた。
「いい加減にしないと、そろそろ本気で怒るぞ」
「・・・もう怒ってんじゃん・・・」
「エルファも、曖昧な受け答えせずにはっきりお土産渡す。エルファがやるんなら薬草でも般若の面でも喜んで受け取るから、バースは」
「さすがの俺も般若の面なら泣くけど」
「もう、そんなんじゃないよ。はい、すごろく券!」
次も頑張ってねと笑顔で手渡されたバースは、紙切れ一枚を手にして硬直した。
なぜにすごろく券なのだ。
他にももっと、宝箱の中身とかゴールの商品とかあるだろうに。
ライムが苦笑しながらバースの肩をぽんと叩いた。
その優しさがまた、バースの傷ついた心に予想以上に沁みわたる。
俺、そんなにすごろくに執着してないのに。
夢見た商品と現実の紙切れとのギャップに、バースは涙を堪え床に蹲ったのだった。
あとがき
これは、甘いのか・・・? 何が甘いって、これでいいんだろうなと手を打った私の見通しが一番甘い気がします。
すごろく場にはクリア後もお世話になりまくってたんですが、黒字経営なのはアッサラームとマイラ営業所だけだと思うんだ。
だってオリビアの岬のところとか、絶対に誰も来ないと思う。
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