詩人の旅 8
ゆっくりと地図上を動く白い光を見つめる。
光が向かう先は知らないが、こちらに近付きつつはある。
家族とすこぶる仲が悪いと思われる彼は、ここを訪れることはないはずだ。
ここではないどこかに向かって彼は歩いている。
リグは地図から目を離すと、奥の神殿で瞑想している男に歩み寄った。
やはり親子だからだろう、アレフガルドの特異な時間体系のせいもあるのだろうがバースとよく似ている。
待ち望んでいる彼も、2人と似たような容姿の持ち主なのだろうか。
リグは男の隣に立つと、ステンドグラスを見上げ口を開いた。
「精霊ルビスって女の人なのか?」
「いかにも。この世界は精霊ルビスが作った世界。我々アレフガルドの民の祖先は、ギアガの大穴を抜けこの地に移り住んだのだよ」
「じゃあ元は俺らと同じとこに住んでたってわけか」
「そう思っている者は今は誰もいないだろうがね。私たち賢者一族は、太古の昔この地へと舞い降りた同胞たちを精霊ルビスの意思を受け導いた先導者の末裔。
人は私たちをルビスの愛しい子と言う」
「だからバースのことをローラ姫もラダトーム王も知ってたのか。そこまでちやほやされる地位にいたってのに、なんで息子2人は家出するような不良になったんだ?」
育て方間違ったんじゃないのかと冗談交じりに尋ねると、バースの父は寂しげに笑みを浮かべリグと同じようにステンドグラスを見上げた。
息子を授かったのがルビスのおかげならば、息子を失ったのもルビスのせいだ。
一族は、いついかなる時も精霊ルビスと共に在り続けなければならない。
そうすることが太古の昔、1人の奇人に力を授け人々を導く大役を与えたルビスに対する恩返しだった。
アレフガルドの民を守り、大地を人間にすぎない一族に託し眠りに就いたルビスを守る。
一族に生まれた者は、力の有無にかかわらず皆この宿命を負っていた。
宿命を誇りと思っていた。
だから、たとえ魔力が乏しくてもルビスを守ろうという一心で厳しい修行に励んだ。
身の丈に合わない使命を忠実に実行することにばかり気を向けていたことが、子どもたちの異変を招いたのかもしれない。
今は亡き妻にすべてを任せ、というよりも押しつけていたことが彼らの心に宿命とは違う重りを乗せていたのかもしれない。
一族始まって以来最も出来が悪いと陰口を叩かれ続けていた自身には分不相応な、とても聡明で優しく美しい女性。
あなたがどんな力を持っていようと、私はあなたと結ばれたことを嬉しく思っています。
愛くるしい笑顔を振りまきじゃれる2人の愛息を傍に置き穏やかな笑みを向けた、あの日の言葉はどれだけの時が経っても未だにしっかりと覚えている。
愛しはしたが、守ることはできなかった大切な人。
当時はひょっとしたら、守ろうとすら思っていなかった程度の大切な人。
次々と蘇る苦い思い出に唇をきつく噛む。
当代の勇者といると、なぜだか勝手に心の扉が開く。
これが噂の力なのだろう。
息子たちならばともかく、出来損ないの賢者にすぎない自身に彼の力を防ぐ術はない。
眉間に皺を寄せ深く息を吐いた男を、リグは冷めた目で見つめた。
どうやらバースは、かなり厄介な家庭環境の中で育ったらしい。
不良になるのも仕方がない、むしろ不良になったくらいで良かったと安堵すべきなのかもしれない。
哀れな家庭だ。
リグはほんの少し、今もすやすやと眠り続けるバースに同情した。
「察しがいい君はわかったんじゃないかな、私たちの因縁を」
「一番大事なとこは聞こえていないけど。その大切な人って、今どこに?」
「わからないかね?」
「言ってくれないのか? 俺、親父さんのそういう言わなくてもわかるみたいな考えが息子に誤解とか与えたんじゃないかって思うけど」
「君は本当に鋭い刃のようだ。・・・彼女は、アリシアは死んだよ。石像となり眠る精霊ルビスの御前、息子たちの前で魔王ゾーマに」
むごかったよ、直前も直後も地獄のようだった。
感情を消し淡々と語る当主の言葉に、リグは眉をしかめた。