精霊ルビスと愛し子たち 2
面白いことになってきた。
少々やりすぎかなと思うが、やはりプローズは人の子だ。
ガライは周囲の凄惨さとは無縁のような涼しげな表情を浮かべ、手懐け強化したらしい魔物の背に跨り親友とその弟たちの戦いを見下ろしていた。
ライムは意外と粘っていたが、だから今があるのだと思う。
治癒呪文も使えずただ目の前の敵を倒すことしかできない戦士は、呪文やそれと似た力を操るガライに新鮮な驚きを与えた。
どんなに圧倒され傷を作っても倒れなかったから、彼女は本物の聖女かと疑ったくらいだ。
だが、結果的には彼女の忍耐強さがプローズの崩壊を引き起こした。
プローズはライムが思っている以上にライムのことを真剣に案じていた。
2人きりでいる時もライムのことを口にしたり、正直嫉妬した。
弟と自分以外の人間は人間と思っていなかったプローズが彼女を想っていることが許せなかった。
いつしか、ガライにとってライムは必要のない存在になった。
ただ、必要ないとばっさり切り捨ててしまうことは彼女を毒の沼地から救い出した手前言い切れなくて、だから彼女を害するためには必要な存在という位置づけにした。
願いは叶い、ライムは倒れた。
願いは叶い、プローズは人を喪ったことによる怒りを覚えた。
プローズが怒ることで弟くんたちまで死んだらそれはそれで困るけど、弟くんもあれでプローズの弟くんなんだから死にはしないよね。
ガライは歌うように呟くと、プローズの猛攻を受けぶるぶると震える結界を必死に維持しようと奮闘しているバースへと視線を移した。
ガライは、自身のことを死神詩人と躊躇うことなく口にするバースのことも嫌いでなかった。
「人の死に怒り我を忘れるのは君が人だからさ。プローズ、早くこっちに帰っておいで」
魔物も減り、プローズもこちら側へ戻ってきてライムの死も無駄ではなかった。
さようならライム、君のことは必要ある犠牲者として忘れないよ。
ガライがそう口にしうっそりと笑った直後、バースの結界が大きな音を立て弾け飛んだ。
死を考えたのは初めてではない。
しかし、人に殺されると思ったことは一度もなかった。
バースの力が弱いのかプローズの力が強すぎたのか、亀裂が広がり弾け飛んだ結界だったものの欠片を見た時、リグは死を覚悟した。
魔物を一瞬で消した威力を持つ力に、ただの人間が耐えられるはずがない。
スクルトやフバーハも何の意味も成さないだろうし、アストロンすら鋼鉄の体のまま粉々に砕かれるだろうと思った。
結界が消えた後もこうして物を考えることができるのは、どこにあったかバースがおそらくは無意識のうちに作り出した極めて限定的な異空間へと飛ばされたからだと思う。
バースの前科を考えると、非常に危険な逃げ場所だった。
「おい・・・、俺らここから出られるのか・・・?」
「さぁな。でも出たら死ぬ」
「ここから放り出されたら10年経って自分が誰かわかんなくなったとか、そういうの嫌だぞ」
「・・・・・・」
「おい、本気でやばいんじゃ「じゃあ死ぬか? 見てわかったろ、俺の力じゃあいつには勝てない」
結界を破られた時には既に魔力が底を尽いていたはずなのに、今こうして異空間を作り出せていることが不思議でたまらない。
バースは胸を押さえ床に蹲ると、震える手で口元を覆った。
これ以上魔力を放出すると体の機能が麻痺する。
賢者だけではないが、多くの魔力を有する者の肉体は常人が体力を使い動かす機能を魔力で動かしている。
現に意識は朦朧としていて、一度膝をついてしまってからもう一度立ち上がる体力は残っていない。
異空間の意地も長くは保たず、これもあと数分で消えるはずだ。
何もない外に出たら確実に生きられない。
世界を滅ぼそうとしている力に人が敵うわけがない。
床に手をついたまま動けないバースに、エルファがべホイミを施そうと手をかざした。
「いや、いいよ・・・。元気なんだ、足りないのは魔力だけで」
「じゃあ私の魔力をあげる。マホトラしたらいくらかバースに流れるでしょ」
「・・・ありがとう。気持ちは嬉しいけどそれはできない」
「ありがたくもらっとけよ、かっこつけんな」
「そういうんじゃなくて。ただの攻撃呪文とかに使うのとは訳が違うんだ、だからエルファからもリグからももらえない。質が違う」
「俺らの魔力は賢者様のものにするには粗悪品って?」
「違う。元々僧侶のエルファの力は攻撃特化の俺には合わない。リグ、お前のはほぼルーラ専用だろ・・・」
言葉を口にすることも辛そうなバースにリグとエルファは顔を見合わせた。
3人が等しく窮地に陥っているのに、バースにだけ任せて何もできないのが悔しかった。
早くライムを迎えいに行きたいのに、今ならまだ魂が還っていなくて間に合うかもしれないのに会いに行けないのがもどかしかった。
プローズは敵ではない。
こちらと同じようにライムの死を悼み悲しみ、辛さを受け入れることができないで暴走としているだけなのだ。
リグとエルファが頷き合い、立ち上がったリグにエルファがスカラとフバーハ、ついでにバイキルトをかける。
マホカンタはエルファの補助まで跳ね返してしまうので唱えられない。
俺行くよ。
それだけ呟き空間の端に立ったリグに、バースはやめろと叫びかけ咳き込んだ。
「無駄だよ! あいつはもう・・・人じゃない!」
「人だよ。俺は、あんなに人らしい人を久々に見た。話してわからないなら殴る。大丈夫だって、エルファがサポートしてくれる」
「いつでもベホマ唱えるから安心してね。バース、リグを信じよう?」
「駄目だ! あいつには勝てない! 勝てるわけな「勝ちに行くんじゃない。そもそも俺らは負け同士だ」
「は・・・」
「大事な仲間を魔物に殺された。俺たちは負けて、だから不甲斐なくてやるせなくて許せなくて怒ってる。勝ち負けじゃないんだよ、あいつと俺らの間にあるのは」
兄弟喧嘩こじらせてる奴は面倒だよ、なんでもかんでも競争にしたがるんだから物騒で。
一人っ子育ちのリグはそうぼやくと、剣も構えず地獄へと足を踏み出した。