ジャンクション 5
アリアハンから外に出るのはこれで2度目だ。
フィルはおどろおどろしいかつての魔王城をぼんやりと見上げていた。
記念すべき2度目の旅行先が、つい先日まで魔王として君臨し世界に恐怖を与えていたバラモスの居城だとは思わなかった。
私の元彼はこんなにデートスポットの選定センスがまずかったのか。
魔物は出なくなったから大丈夫だとと事もなげにリグは言うが、問題はそこではないと思う。
連れ出してくれるのならばもう少し、城は城でもサマンオサやロマリア、イシスといった賑やかな城下町にしてほしかった。
ネクロゴンド王国民には悪いが、ここはお買い物を楽しめるテーマパークではない。
当分の間はまだ、幽霊屋敷としか活用できないだろう。
「ねえリグ、連れて来てもらって悪いけどここにはあんまり長居したくない」
「同感。・・・やっぱきたけど駄目だな、ここは俺の故郷じゃない」
「リグの故郷はアリアハンでしょ?」
「そうだけど。・・・・・・ごめん、こんなとこに連れてきて」
「それはいいんだけど・・・・・・。ねえリグ、どうして私も誘ったの?」
「来てほしかったから。俺のことは、俺の次にフィルが知ってるだろ」
「・・・そうかも」
今にも崩れそうな瓦礫の山をゆっくりと歩くフィルに手を貸すと、リグは塞がっていない方の手をじっと見つめた。
旅を通して手に入れたものは何かと考えた時、何も思い浮かばなかった。
ライムのように家族や恋人に出会ったわけでも、バースやエルファのように過去と向き合ったわけでもない。
初めから家族も過去も、すべて手に入れていた。
失ったものは何ひとつとしてないが、手にしたものもないように思えていた。
世界を救うことが使命で、将来の夢も気付いた時には使命と同じものになっていた。
本当の願いが何なのかわからなくなっていた。
夢を持たないというのは、実はかなり厳しい。
人は何かの目的のために生き、努力する。
勇者ともあろう者が、明日の夢も持たずに戦っている。
アレフガルドへ行ってゾーマを倒すという目標を設定すればいいのだろうが、消極的な設定はしたくない。
我ながら難しく、そして扱いにくい男だと思う。
建前がないとろくに動けないとは、なんと狭量なのだろう。
「フィルの夢は何だ?」
「え?」
「フィルの将来の夢。あるだろ1つくらい」
「あ、うん。そうだなー・・・、もう一度町を作りたい、かも」
「・・・また?」
「こ、今度はね、その土地の文化とか伝統を重視した町を作りたいの。ほら、ジパングって、ああいう町並みと文化ってあそこでしか見られないでしょ?
私、たとえ町が大きくなってもみんなの心の中までは変わらない街づくりのお手伝いしたいなって」
「へえ。つまりあれか、文化財とか遺跡とか残しながら共存するってことか」
「そう! 町を大きくしていくのは住民のお仕事。私は水先案内人になりたい」
いい夢だと思った。
一度失敗し、挫折を経験したからこそ抱ける夢なのだろう。
参考にはまったくならなかったが、応援したくなるような夢だった。
応援の手始めに、いつの間にかジパングに行こうと宣言していたらしい。
フィルはリグの手を取ったまま、驚いた表情でこちらを見つめていた。
「ジパング、連れて行ってくれるの?」
「あ? ああうん、俺もヤマトたちに会いたいし、ついでに剣も研いでもらおうかと」
「嬉しい! ありがとうリグ、そういう選び方できるんなら初めからそっちに連れて行ってくれれば良かったのに」
「一言多いぞフィル」
ネクロゴンドに行くと伝えた時とは明らかに違う喜びを露わにしたフィルに苦笑いを浮かべ、リグはルーラを唱えた。
季節はちょうどサクラが咲く頃だったらしく、村中が柔らかな色に包まれている。
リグはフィルを伴いヤマトの鍛冶場を訪れた。
久し振りと声をかけると、せっせと刀を打っていたヤマトが顔を上げる。
「よぅヤマト、元気か?」
「リグではないか! 久しいのう、どうしたのだ急に恋人を連れ」
「あ、フィルとは今ちょっと付き合ってないんだ。そうだこれ、ちょっと見てくれないか?」
「おお、おお! なんと立派な刀よ、草薙の剣に負けるとも劣らぬ名剣よ!」
「だろ? あ、草薙の剣は今はエルファが持ってる。っていってもエルファだからそう使わせないけど」
手渡された稲妻の剣に目を輝かせ、早速手入れを始めたヤマトをリグは穏やかな思いで見つめた。
仕事もちらほらと入っているらしく、壁や机には注文の紙がぽつぽつと貼られている。
村の勤めも忙しいがセイヤがよく助けてくれると話すヤマトの顔はとても嬉しそうで、見ているこちらも楽しくなる。
村を切り盛りしているセイヤが気になったのか外へ出て行ったフィルを見送ると、リグはヤマトに向かって口を開いた。
「この世に、この剣よりもいい剣があると思うか?」
「ある。我が師が鍛え上げた剣を越えるものは未だ見たことがない。草薙の剣といえど、我が師の剣には遠く及ばぬ」
「そんなにすごいのか、ヤマトの師匠」
「ああ、とても芯の強い刀を作る名工だった」
「だった?」
「・・・オロチの生贄となる恋人を連れ村を出て以来会うておらぬ。生きているのか死んでいるのかすら、我にはわからぬ」
「・・・そっか」
「リグよ、そなたはまだ旅を続けておるのであろう? もしこの先我が師に会うことあれば、こう伝えてほしい。我はいつか必ず、あなたを越えると」
「・・・わかった」
研ぎ終えた稲妻の剣を腰に佩き、リグは窓から外を見やった。
以前訪れた時よりもさらに活気溢れるようになった。
賑やかだなと呟くと、ヤマトがそなたのおかげだと答える。
何のことかわからず首を捻ると、ヤマトはリグの隣へ歩み寄りにこりと笑った。
「そなたらにとってこの村での出来事は些細なことかもしれぬ。しかし我らにとってはこの上なく大きく、そして喜ばしき事だったのだ」
「そういうつもりでやったわけじゃないんだけど。俺ら、この土地に伝わる秘宝ごっそりもらっていったわけだし」
「それでも我らはリグたちに感謝している。ありがとうリグ、我らに明るい希望の光を届けてくれて」
これから先もまた、気付かぬうちに光を灯していくのであろうなリグたちは。
ヤマトの何気ない一言に、リグの胸のうちでずっと渦巻いていた影に一筋の光が差し込んだ。
何か特別なことをやったつもりはない。
こちらの目的を果たしたくてやったことが、結果として人々の心に光を取り戻したことに繋がっただけだ。
夢に固執しなくても目の前の事に集中していれば、それはいつしか己も気付かぬ夢と願いを叶え、使命をも果たすための一助となるのか。
物理的なものは手に入れていなくても、目には見えないものは常に手に入れていたのだ。
俺が本当に欲しいと思っていたのは大層な平和ではなくて、日々のちょっとした平穏と安らぎなのか。
リグの心の中に、1つの大きな決意が生まれた。