時と翼と英雄たち


ジャンクション    7







 宿屋の食堂にライムを集め、順に3人の顔を見つめる。
休息の間にそれぞれ気持ちの整理をつけてきたのか、涼やかな表情でこちらを見つめ返してくる。
皆決めたのだろう、己が進む道を。
リグは椅子に腰掛けると、静かに口を開いた。






「アレフガルドに行こうと思う。俺は行く、あっちに」


「リグ、お前・・・・・・」


「せっかく行けるんだから行っとかないともったいないだろ。それに、本気でバースのこっちでの素行について俺は文句を言いたい」


「いや、それ無理だよ。俺の家家庭崩壊してるし」


「だったら尚更文句言わなきゃだろ。ふらふら家出してふらふら変な呪文使ってほんと何なんだ」


「やめてリグ、バースにはバースの言い分があるんだよ、きっと」







 エルファはリグを宥めると、淡く笑って私も行くよと告げた。
行かない理由はないから行くよとバースに向かって語りかける様子は、エルファ自身にも言い聞かせているように思えてならない。
ゆくゆくはあっちに定住してもいいよと驚きの人生プランをぶち上げたことには、さすがに考え直せと迫ったが。
将来はその場の勢いで決めてはいけない。
もっとじっくりと腰を据えて考えなければ、いざ未来が現実として到来した時に後悔する。
他の誰でもない自分のたった一度きりしかない人生なのだから、たまたま今付き合っているというだけの男に人生まで合わせる必要はないのだ。
バースは、エルファがそうまでして尽くすほどよく出来た男ではない。
人を愛するのは勝手だが、目はきちんと開けていてほしい。






「ていうかライム、ラーミア連れてあちこち行ってただろ」


「だってラーミアがついて来るって言って聞かなかったんだもの。でもおかげで助かっちゃった、キメラの翼代も浮いたし」


「ラーミア、ライムに一番懐いてるよな。そんなの精霊ルビスに似てるのか?」


「私に訊かれても・・・。どうなのマイラヴェル?」


「俺はバース。あとそうやって気軽にその名前呼んでるけど、実はその人アレフガルドじゃ超偉い人だから、様付けレベルの人だからな」


「バースの知り合いじゃないの?」


「会ったことはない。血は俺にも流れてるけど」






 遠い昔の、もはや伝説と化しつつある偉大な先祖だ。
あまりにも偉大だったおかげで、子孫たちは彼ほどの力を備えていなくても課せられた使命と期待を背負わなければならなくなった。
逃れられない呪縛にしか思えなかった。
今でも呪縛だと思っている。
名誉ある仕事だとわかっているが、重荷としか思えなかった。
あれが起こってからは尚更、その思いだけが強くなっていた。
ライムはバースをちらりと見つめると、不安げに眉を潜めた。
ラーミアに言われた言葉が今になって気になってくる。
誰と固有名詞は出さなかったが、思い当たる人物は1人しかいない。
彼が係わってくるということは即ち、バースにも関係してくるということだ。
また殺し合いをするのだろうか。
また互いの意地をぶつけ合って、そして更に溝を深めるのだろうか。
魔物でもなんでもない人間同士の、しかもごく近しい身内が争うことがライムは耐えられなかった。






「ライムはどうする?」


「行くに決まってるじゃない。ほら見て、これアイシャからもらった新しい剣」


「すごーい、重そう! 私には持てないかも・・・」


「エルファには無理でしょうね、これは。バスタードソードって言って切れ味は抜群。アレフガルドの魔物にも太刀打ちできるかしら」


「できるできる、充分すぎるよライム。はー・・・、アイシャさんなんでそんなもん持ってんだか・・・」


「言っても海賊だもんあの人は。財宝をたくさん持っててもおかしくないわ」


「それを言うなら俺もヤマトに稲妻の剣研いでもらった。試してみるか、バース」


「え、俺で? やめようかリグ、ライムも剣仕舞って」





 宿屋に不釣合いな両刃の剣を煌かせるライムに鞘を渡し、今にも切りかかりそうなリグに対しては身構える。
誰も彼も行く気は満々らしい。
やる気があるのは嬉しいし同行宣言にも感謝したいが、同時に一抹の不安も抱いてしまう。
本当にこれでいいのだろうか。
本当に、リグたちの思いを素直に受け止めていいのだろうか。
ここは嬉しさを押し殺してでも、やっぱりついて来るなと言うべきなのかもしれない。
バースはリグたちに現実を見せるのが怖かった。
事実を見せて、我が一族の秘密を知られて失望されることが怖かった。
バースの不安を察したのか、リグが小さく息を吐き稲妻の剣を鞘に収める。
そしてごつんとバースの頭を小突いた。





「いちいち難しく考えず黙って受け取れ」


「俺言ったよな、アレフガルドはこことは違うって」


「知ってるよ。俺らだって考えたんだ、だからもう変なこと言ったり考えたりするな」


「けど・・・!」


「じゃあ訊くけど、なんでお前ずっと待ってたんだよ。俺らのこと本気で必要ないって思ってんなら、今頃とっくにアレフガルド帰ってたんじゃないのか?
 なんでまだここにいるんだよ」


「・・・・・・」


「素直になれよ。俺らは正直に行くって言ったんだ。いい加減にしろ」



「・・・ごめん。・・・ありがとう、アレフガルドに来てほしいっていうのが俺の本音だ。助けてくれるだけの力があるのはリグたちだけだってわかってるから期待した。
 だからすごく嬉しい、ゾーマ倒せる気がしてきた」


「気がするじゃなくて、本当に倒しに行くんだよ。な、2人とも」






 ライムとエルファへと振り返ると、2人も同時に頷く。
旅はまだ終わっていない。
終わっていない旅を途中で投げ出すことはしたくない。
戦うことよりも、魔王を倒すことよりも、何よりも4人で旅をすることが大好きだった。
たとえ旅の舞台がアレフガルドでも、4人で行けば困難にも打ち克てる。
1人では無理だから4人で挑むのだ。
だからパーティーを組んでいるのだ。





「アレフガルドの案内は任せたぞバース。あと、抱え込まず爆発したい時はしていいから1人で突っ走るな」


「俺、いつの間にやら問題児?」


「とっくの昔からお前は割と問題児だよ。家出して好き勝手して、だからずっと馬鹿賢者って言ってんだ」


「手厳しいな、相変わらずリグは」







 厳しくて怖くて口が悪いが、だが、今はそんなリグの強さがとても心強い。
バースはリグたちに向き直ると、深々と頭を下げた。









あとがき(とつっこみ)

バラモスを倒してあちこちを巡った結果、彼らにも次に進むべき道が見えてきたようです。
右も左もわからない、地図すら手元にないアレフガルドはバース以外にとっては未知の世界です。
精霊ルビスを救い、魔王ゾーマを倒す新たなる旅がようやく始まります。







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