王城の怪
アリアハン城の中庭。
リグとライムはそれぞれ手に模造品の剣を握って対峙していた。
兵士たちの訓練場でするべき稽古なのだが、あそこは夏場はたちまち暑さのため我慢大会と化してしまう。
そのため、この季節アリアハン王宮戦士たちは城外の隅っこで鍛錬に励んでいる。
「ここ、王女様の庭でしょ。いいの?」
「いいんじゃね? だって今王女様いないし。」
美しい花が咲き乱れるこの中庭を練習場所として不届き者は、リグぐらいしかいない。
王室に対しての忠誠心がないのではなく、火元責任者(王女)がいないので構わないだろうと思ったからである。
図々しいにもほどがある。
「それに他の所は人が多いだろ。だから「まぁ、ライム!!」
リグの視界の隅を、黄色いものが掠めた。
ふわふわと、けれども意思を持って移動するそれは、目の前のライムに飛びついた。
「帰ってきたというからずっと待っていたのに。
お帰りなさいライム。」
「王女。」
レモンイエローのドレスを身に纏った王女は、ライムを見るとにっこりと笑った。
彼女こそ、アリアハン王室唯一の姫君である。
リグは剣を地面に置くと、片膝をついた。
自分のことなど最初からあの王女の目には入っていまいという、ある種の確信を持ちながら。
「剣の稽古をしていたの?」
「はい。・・・そこにいるリグと。」
「リグ? あら、お久しぶりね。」
王女は今まさにリグの存在に気が付いた、と言わんばかりに目を丸くした。
リグは顔を伏せたまま、このさして年の変わらない少女に挨拶した。
「・・・王女におかれましてはお変わりないようで・・・。」
「顔も見ないのに、よく変わってないって言えるのね。」
「・・・負けん気の強いその口調は全く変わっていないように思いますが?」
リグと王女の間にバチバチと火花が散る。
一国の王女に対して畏れ多く、失礼極まりない行為だが、当の2人はそんなことすっかり頭の中から抜け落ちている。
ライムは王女の腕をやんわりと解くと、リグに剣を手渡した。
今、この2人をずっとこのままの状態にさせておくのは上策ではない。
自分がこの少々らしからぬ王女に懐かれているのは嬉しいが、リグと彼女との間に妙な厄介ごとは起きてほしくない。
というか、そんないかにも面倒な仲裁役はごめんだった。
「リグ、場所を変えましょう?」
「わかってるよ。・・・では王女、また。」
くるりと踵を返し中庭を後にするリグとライム。
その時、リグの腰に下げた袋からぽろりと紫色の宝玉が零れ落ちた。
パープルオーブは柔らかな草の上に音もなく静かに転がる。
「ライム・・・、せっかく帰ってきてくれたのに。
・・・あら?」
名残惜しげに足を踏み出した王女のつま先に、こつんと何かが当たった。
腰を屈めると、そこには美しききらめくパープルオーブが落ちている。
先程リグかライムが落としたのだろうか。
王女はそっとオーブを手に取ると、大切そうに胸に抱えて自室へと戻って行った。
その夜、リグは大混乱に陥っていた。
ジパングでやっとの思いで手に入れたパープルオーブがなくなったのだ。
あれは命と同じぐらい大切なものだから、いつでも肌身離さず持っていろとバースに言われていたのに。
リグはいつになく顔を蒼ざめさせた。
どこで失くしたのか、懸命に記憶を辿っていく。
そして思いついたのは、あの中庭だった。
ライムと中庭に来た時にはまだ持っていた。
家に帰るとなくなっていた。
「・・・あのいけ好かない中庭か・・・。
・・・取りに行かなくちゃ。」
「何を取りに行くんだ?」
「何ってだからオーブを・・・。・・・バース?」
リグははっとして後ろを振り返った。
そこには、にこやかに笑っているバースと、心配げな顔をしているエルファが立っている。
バースは笑みを絶やさぬままリグに詰め寄った。
「なに、アリアハンに新しいオーブがあるのか?」
「いや・・・、落としてきた。」
「へぇ。今すぐ取りに行ってこい。今すぐに。」
バースの笑みが深くなった。
目が笑っていない。
エルファがたまらず、一緒に行こうかと申し出た。
しかし、バースがそんな心優しいエルファを止める。
「今日はライムが城内にいるんだろ?
だったらライムに手伝ってもらえよ。
俺らそんなコソ泥みたいな真似したくないし。」
「真似じゃなくて、お前盗賊だったろ。」
リグはぼんやりと城を見やった。
今でこそ鎖国国家だが、かつて強国を誇った頃に葬ってきた多くの戦士たちが、今もいそうなのだ。
取り憑かれたらどうするんだ。
リグは深くため息を吐いた。
かつーん、こつーんと靴の音が冷たく響き渡る。
リグは抜き足差し足忍び足で夜のアリアハン城を1人探検していた。
でかける直前、エルファは施してくれた除霊の呪文のおかげで霊が気にならない。
リグは、エルファが僧侶だったことに感謝した。
それにしても、とリグは小さく呟いた。
ライムは一体どこにいるのだろうか。
見張りとか巡回の当直ではないのか。
中庭へやって来たリグは、手探りで草を掻き分け始めた。
ない、どこにもない。
リグの顔から血の気が引いた。
「ここにないなら・・・。誰かが持ってったとか。」
「リグ? 何してるのこんな所で。」
松明が不意に近づけられ、リグの体が強張った。
闇にぼんやりと浮かぶ白い顔を凝視する。
首から下が見えない。
あれか、戦闘の時に胴体とさよならしてしまった霊なのか。
「幽霊・・・か?」
「は? 何と勘違いしてるの。私よ、ライム。」
白い顔がにっこりと美しく微笑んだ。
その顔には見覚えがある。
まかり間違っても幽霊なんかではない。
「ライム・・・。
良かった、俺マジで出たのかと思った、アレが。」
「もう・・・。
・・・で、どうしてこんな夜更けに中庭になっているの。」
リグは中庭の隅に座ると、オーブを失くしたことを告げた。
これにはライムも呆れてしまう。
中庭には落ちていないとも、彼女は言った。
「あそこに他にいた人は・・・。・・・王女だ。
あの人が持ってるはずだよだとしたら。」
リグは立ち上がると、ライムの制止も聞かずに王女の部屋へと忍び走りした。
そっと部屋のドアを開けると、そこには豪華なベッドに身を横たえた王女が静かに眠っている。
そしてベッドの枕元に、ぼんやりと光る紫色の宝玉が置かれている。
リグはオーブに手を伸ばした。
とその時、リグは自身の周囲の不穏な気配を感じた。
たくさん群れているではないか、この世の住人でもあの世の住人でもない、彷徨う者たちが。
しかも全員暗い目をして、手には剣とか斧とか物騒な物が握られている。
「・・・なんでこのタイミングでお出ましかな。」
「何が出たんだ?」
「何って、だから幽霊が・・・。・・・バース?」
リグははっとして後ろを振り返った。
そこには、夜目にもきらめく銀髪の持ち主バースと、なにやらぶつぶつと呟いているエルファが立っていた。
エルファはリグの手を何の躊躇いもなく、ぎゅっと握り締めた。
「・・・悪霊退散!!」
エルファがやや大きな声で叫んだ。
その声に反応し、王女の体がぴくりと動く。
バースはすかさずパープルオーブを手に取ると、素早く王女の額に手をかざした。
かざした手が赤く光る。
光が消えると、バースはルーラを唱えた。
青白い光がリグとエルファ、バースの体を包み込む。
「ライム、後はよろしく。
王女の記憶はちょっと消しといたから。」
バースはそう言い残すと、光に包まれアリアハン城から消え去った。
「ん・・・、あら、ライム・・・?」
「王女、いかがされましたか?
まだ真夜中です、お休みになられてください。」
ライムの言葉に王女は素直に頷き、再び夢の世界へと意識を飛ばしたのだった。
翌日、リグとライムは中庭で剣を構え対峙していた。
今日はオーブをエルファに預けている。
彼女ならば、失くすなどというヘマはしまい。
「もう忘れるんじゃないわよ。」
「わかってるって。」
「あ、ライム! 今日も剣の鍛錬?」
何も知らない、いや忘れた王女が、無邪気な笑顔で駆け寄ってきた。
あとがき
肝試し、と見せかけて罰ゲームのようなお話。
王女の設定とか口調とか全部勝手に作りました。
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