海賊の館 8
リグたちが快適な、たまに船酔いを催しかねない船旅にもそろそろ飽きてきた頃のことだった。
彼らの前に、うっすらと小さな島が見えてきた。
遠くにあるから小さいのだろうと思っていたが、近付いてみてもあまり広大さは感じられない。
どうやらルザミという村のみが存在しているようだった。
「ここに変わり者の学者先生がいてね。
もしかしたらあんた達の旅に役立ちそうな情報も持ってるかもしれないよ。」
「俺ら、変人に対する免疫はないんだけど平気かな。」
「あははっ、面白いこと言うねえリグは。
大丈夫だよ。ちょっと訳わかんないことばっかり口走った挙句、勝手に話を打ち切るだけだから。」
それってだいぶ変わった先生ではないかと、心中ツッコミをいれたリグだった。
変人学者に会いに行く。
リグの言い放ったその一言で、ライムたちの頬が引きつった。
誰だって進んで変人に会いたいとは思わない。
しかし、だからと言ってその役目を人に押し付けるわけにもいかない。
リグたちは話し合いの結果、公正にくじで決めることにした。
「できればバースとエルファのどっちかには行ってほしいんだけど。
学者の話についてけんのは賢者ぐらいだろうし。」
「お前そういう時だけこき使うわけ? 俺らそんな都合のいい人間じゃないんだけど。」
「でもってライムが行くんならバースが行けよ。俺が行くんなら2人のうちのどっちか。」
てきぱきとあみだを書き始めるリグに、バースは食ってかかった。
こんなくじ、公正でもなんでもないじゃないか。
明らかに自分が行く可能性が高い気がする。
67パーセントぐらいの確率で変人コースではないか。
「なんで俺だけ不公平なんだよ、おかしいだろ。」
「ライムとエルファで行かせて何かあったらどうすんだよ。相手は変人だぞ?」
「おまっ、それ変態とごっちゃにしてるだろ!?」
バースの叫びは届いたのか。
果たして数分後、『変人』学者の前にはライムとバースが座っていた。
しかし『変人』はただの、そんじょそこらの『変人』ではなかった。
いわゆる天才的な『変人』だったのである。
「ふむ、では君たちと残る2人は世界中を旅する、俗に言う旅人か。
このような所にまで足を運ぶとはなんと酔狂、いや慧眼か。」
学者は一方的にまくし立てると、べべべっと分厚い書物をめくった。
そして目的のページにたどり着いたのか、どんと2人の前にそれを広げた。
見ろと言われたので本を覗き込むが、ライムはおろかバースにすら解読できない文字がびっしりと並んでいる。
「あの、これ読めないんですけど・・・。」
詠むことを期待しているのか、腕を組んだまま座っている学者にライムは控えめに言った。
見ろ、読めと言われてもこんな古代文字のようなもの、読めない。
頼みのバースも難しい顔をしているし、これでは賢者を連れてきた意味もなかったようだ。
「あの海賊団長殿と似た容姿でも違う生き方をした君はわからんか。ではそこの賢者殿は。」
「・・・見たことはあるけど・・・・・・。てか、これを今読める人はいるんですか。」
「どういうこと? この学者さんは読めてるんじゃないの?」
ライムは訳がわからないといった顔でバースと学者を交互に見つめた。
それほどに、学者にも理解しがたい文字なのだろうか。
「これは一種の魔術語だよ。ある特定の血を引いていないと読めない。」
「・・・それだけ、ここに書いてある文章は大切ってことね?」
「私の血は薄すぎる。ゆえにすべては読めない。
そして、これをすべて読みきれる者はもはやいないかもしれない。」
このページだけすべてがわからないのだと学者は付け加えた。
他のページは何かしら単語は読めるらしい。
もっとも、具体的な内容まで体系づけることはできないのだが。
「私が思うに、おそらくここにはとても重要な事実が書かれているのだろう。
ともすれば、バラモスの猛威をも防げたような。」
「まさか。いくらなんでもそこまではないでしょ。」
「・・・それがありえるかもしれないんだよ、ライム。
この本は複製だけど、今は滅んだあの国の蔵書だよ。たぶんこれが読めるのは、王族とかそこらへんじゃないかな。」
「じゃあ、この人はあの国の生き残り?」
「違う。私は古き世の傍系王族の末孫だろう。生まれたときからここで育ち、星を眺めるのを生業としている。」
あっさりとおよそ怪しい素性をひけらかすと、学者はぱたんと本を閉じバースに手渡した。
「俺らに、いるかどうかもわかんない生き残りを探して来いってか。」
「私には不要なものだ。君たちが必要と思うのならば、それを使えばいいまでのことだ。」
不要と思うのならば、どうして捨てなかった。
いつの日か謎を明らかにする人物が訪れるのを、待っていたからではないか。
心には思ったが、バースはそれを口に出して尋ねることはできなかった。
憶測がついているからこそ、無力な自分が悔しくなる。
自ら探し出そうとする力もない。
現状を打開しようとする力もない。
ただ、ひたすら時が満ちるのを待っていたのだ。
たとえ魔物の侵攻が早く訪れようとも。
今日のように、少なくとも可能性を秘めた旅人が来るのを、じっと待っていたのだろう。
バースは無心に望遠鏡を覗き込む学者を見つめた。
人には変人と言われているが、とてもそうとは思えなかった。
少しとっつきにくいが、もう少し彼が若ければ旅に誘っていたかもしれない。
「・・・じゃあ、これは遠慮なくもらってくんで。」
「そうしてくれ。」
手だけ振って別れを告げる学者の家を後にする。
重苦しく小難しい空気から解放され、ライムはうーんと背伸びした。
なんだか最初から最後までよくわからない話だったが、今バースの腕の中にある本が大切だということは理解できた。
滅んでしまった国だなんて、久々に聞いたものだ。
アリアハンの学校で習った歴史上の国だった。
確かかの国はバラモスに襲撃されたので、生き残った人々は皆無ではなかったか。
失われたはずの本だけでも残っていたことで、良しとすべきではないのか。
大体生き残りがいたとして、彼らはどうやって生き延びたというのだ。
疑問は次から次に湧いてきた。
「・・・あの人、変人なんかじゃなかったわね。」
「同感。まぁ言ってることはぶっ飛んでるけど、よく聞きゃ正論だし。」
「でも、これなら誰が行っても良かったじゃない。リグとエルファなんて今頃のんびり休憩中よ、きっと。」
「俺ら貧乏くじだったな、ライム。」
その頃、リグとエルファは貧乏くじ部隊の予想を大きく裏切っていた。
2人は『変人』の異名名高い学者の家へと忍び込んでいたのだった。
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