時と翼と英雄たち

ランシール    3





 アリアハンのある大陸の西に、ランシールはあった。
実は案外故郷から近かったこの町を、リグはつい最近まで知ることなく過ごしていた。
おそらく国民の大半も知らないのではなかろうか。
ほんの少し海を隔てた先にある巨大な神殿の存在を。





「てか、ランシールの町の人も知らなかったみたいだし?」


「これだけ大きかったら気付くと思うけどなー」




 さして大きくはない町の外れ、森を抜けた先でリグたちが見つけたのは町の数倍の規模はあると思われる神殿だった。
入り口という入り口はすべて分厚い鉄の扉で固く閉ざされていたが、旅の途中で手に入れた最後の鍵を使えば難なく入ることができた。
人気のないがらんどうの空間に響くリグたちの足音が、寒さを増幅させる。






「寂しい所ね。同じ神殿でもダーマとは大違い」


「俺はこういう静かなこと好きだけど」


「若いのにじじ臭いこと言うなよ、リグ」




 若々しくしてないと老けるぞとバースに言われ、リグは憮然とした。
別に静かな所が好きだっていいじゃないか。
アリアハンの、世界規模で言ったらド田舎育ちなんだから騒がしいことに慣れていないのだ。
見た目も中身も華やかなバースにはわかるまい、大人の静かさの良さというものは。







「よくぞ来た、勇者とその仲間よ」




 不意に声をかけられ前を見る。
すると、通路を塞いで立っている神官が重々しく頷いた。




「求めしものはこの先にある。果たして孤独に耐えられるかな」


「1人で行けってことかしら」





 ライムは確認するために神官を見やった。
神官はちらりとライムを見つめ、何のためだか小声でそうだと同意する。





「1人で行くってことは」、エルファは無理だな」


「当たり前だろ。エルファを1人で行かせるほど俺鬼畜じゃないし」


「誰も鬼畜とか言ってないから。じゃあ俺かバースかライムで」




 とんとん拍子で話を進めていると、みんなずるいとエルファがぼそりと呟いた。
早々に論外のような形で除け者にされ、拗ねている。
私だって攻撃呪文使えるんだよと言い募る彼女に、ライムは慰めるように言った。




「エルファを除け者にしてるんじゃないのよ? ほら、1人で行って帰って来た時に回復役がいないと困るじゃない」


「バースもリグも回復できるよ」


「エルファにしてもらうのが一番効き目ある気がするのよ。実際そうみたいだし」


「てか、自力で回復できないライムも行けないじゃん」





 リグの思い出したような一言に、神官も含めた一同の視線がライムに注がれた。
そういえばそうだ。強くてあまり意識していなかったが、彼女はホイミやらベホイミが使えないのだ。
慰める側から一転してエルファと一緒にお留守番役になったライムは、どうにもならない現実に苦笑した。
まぁ、今まで別段呪文が使えなくて損をしたこともないし、今回は男性陣に活躍の場を与えてやってもいいだろう。
リグはなんだかんだ言って草薙の剣の使い心地に彼なりに満足しているようだし、バースもエルファがいなくてもたまには本気で戦ってほしいし。






「どっちが行っても良さそうだけど、行きたい人はいるの?」


「俺は行きたいけど。静かなとこ好きだし」


「たまにはどかんと景気良く呪文ぶっ放すのもいいよな。日頃のストレス発散みたいな」


「お前ストレスとかあったのか? てっきりエルファにかっこい「何かなリグ君その口塞ぐぞ」




 エルファにかっこいいとこ見せたいだけだろ、と言いかけたリグはバースの妨害に閉口した。
バースの下心なんてすぐにわかる。
そりゃあ好きな女の子にはいいところを見せたいのが男の真情だが、それをはいそうですかと認めるわけにもいかないのだ。
むしろそれが通るのならば、バースは普段からもう少し真面目に戦ってしかるべきである。





「くじとかで決めちゃう? 私はリグの方がいいと思うけどな」


「そりゃまたどうしてエルファ!?」





 予想外のエルファのリグ推薦案に、バースは悲痛な叫び声を上げた。
バースよりもリグの方が強くて頼もしくてかっこいいからという意味が言外に含められてそうで、恐ろしいったらありゃしない。




「どうしてって・・・、だってリグの方が攻撃力もあるし、打たれ強そうだもん」

「いや、俺だっていつもはちょっと楽してるけど、本気になったら強いよ?」


「でもバースは私と一緒に後方支援してるでしょ。だったら1人で戦えないよ」





 そうだよねリグ、と勇者を振り仰ぐとご名答という言葉が返ってくる。
その声は心なしか満足げだ。
後方支援しているのはエルファの身に危険が及ばないようにしているからさ、とは今更言えなくなったバースはうなだれたままである。
リグは意気消沈しているバースにぽんと肩を叩くと、神官に向き直った。






「俺が行くよ。中には魔物もうじゃうじゃいるみたいだし、さっさともらうもんもらって帰って来るよ」


「ではその方、これより先に進むがいい」


「リグ、危なくなったらすぐに帰って来るのよ。無茶しなくていいんだからね」


「リグ回復呪文覚えてる? こんなことなら少しはリグにも手伝ってもらっとけば良かったかも・・・・」





 わかってる、大丈夫だから心配するなよと小さく言うと、リグはたった1人で神殿の奥へと消えて行った。





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