リムルダール 7
どうやら予定通り、勇者は虹の橋を架けたらしい。
見てはいないが感じることはできる。
闇に染まっていようと、先祖が残してくれた賢者としての力は消えることはなかった。
それはまるで呪いのように、己が生き路を導き続けてきた。
どんなに抗おうとしても堕ちようとしても、それは常に輝いていた。
光が眩しいと思ったことは何度もある。
鬱陶しいと思い、力を切り離そうとしたこともある。
こんな大層な力は、自分よりももっと相応しい人に備わっているべきだった。
何もかも予見することはできない。
すべてを視てしまうのは神や精霊にのみ許されることで、死ぬために生まれてくる人間が踏み込んでいい領域ではない。
だが、今日だけは生まれ持った力に感謝している。
大切な家族を守れず、大切な人も守ることができないまま生き続けてきた意味をようやく見出すことができた。
たとえ次会う時、認識されなくとも構わない。
これからやることはただの自己満足で、それを貫き通した先に待つアレフガルドの未来は自分にとってはおまけのようなものだ。
「・・・ようこそ、異界の賢者様。あなたが来るのをお待ちしておりました」
「ありがとう、異界のエルフの皆さん。女王はおいでかな?」
出迎えたエルフたちが顔を見合わせ、小さく頷き合う。
どうぞこちらへを先を歩き始めたエルフに従い、静かな城内をゆっくり歩く。
以前ここを訪ねた時はもう少し人気があった気がするが、今日は静かな上に雰囲気も重く感じる。
「女王はご病気です」
「それはいけない。僕が治せるものであればいいのだけれど」
「女王は、自らのお命と引き換えに卵を遺すおつもりなのです」
「・・・母親というのは、時に神よりも魔王よりも強いと思うよ」
守られて生き延びた身だから、母の強さは誰よりもわかっているつもりだ。
だから神の化身たる女王を喪うことが辛くとも、彼女の意思を曲げることはできない。
今は、事切れる前の女王から祝福と祈りを賜ることが何よりもやらなければならないことだ。
エルフに案内され訪れた城の中央の寝室に入ったプローズは、寝台に力なく横たわる女王の姿に眉を潜めた。
死にゆく者の姿を見るのは、見慣れた今でも気が重くなる。
寝台の脇、卵の隣に跪いたプローズに竜の女王は淡く笑みを浮かべた。
「もう、間に合わぬのではと思っていましたよ」
「少し、いろいろありまして」
「わたくしなぞ、気が急いてしまってあなたの世界へ客を差し向けてしまいましたのに」
「客?」
「今度の勇者はどんな子だ、旅は順調なのかとそれはもう喧しくて、堪らず追い出してしまったのですよ」
「それは・・・、それは決して女王のためにはならなかったのでは」
「この場に彼女が留まり続けることの方が、この世界のためにはならない。共倒れだけは避けねばならない・・・と彼女もわかっていたのでしょうね。あっさりと出て行きました」
『彼女』のことは、知っているようで知らない。
姿が見えないのだ。
彼女のような概念がこの世界にまだ存在していると初めて知らされた時は、好奇心も相俟ってそれはもう世界中を探した。
人の姿に怯える類であればと姿を変えもしたし、周囲一帯に特殊な結界を張って閉じ込め音を上げさせようともした。
結果としては、魔力の質を上げただけで未だ一度も姿を見たことはない。
勇者でないから会えないのだと言われたこともある。
勇者とは望んで名乗れるものではないから、一生会えないということになる。
それでは本当に会ったこともない『彼女』に負けてしまったようで嫌だったから、ただ一目でもいいから会いたくて、話をしてみたくて様々な魔法に手を染めた。
しかしどうやら最後の最後まで運がないようだ、すれ違いとはどうやら知らないところで嫌われていたのかもしれない。
「さて・・・、プローズ、不世出の大賢者マイラヴェルと魂を同じくし、魔王の手に堕ちた者よ。あなたに主を討つ勇気は、覚悟はありますか」
「なければここへは来ていない。何のために今日まで生きてきたと思っているのです。
僕は・・・私は、アレフガルドをルビスに代わり守り続ける賢者。その誓いを今でもこの身に刻んでいるからこそ、我が力は未だここに」
「愚問でしたね。これなるは光の玉、大魔王が纏う闇の衣すら打ち払う、神代よりの力が蓄えられし秘宝。この光の玉でひとときも早く平和が訪れることを、わたくしは祈ります」
「女王、あなたの祈りは必ずや届けましょう。今はお体をどうか」
「・・・ありがとうプローズ。あなたに託したわたくしの選択は、間違っては・・・・・・」
震える手で卵を愛おしげに撫で、小さく呟いた女王がゆっくりと目を閉じる。
女王の異変を感じ取ったらしい城の住人たちが次々と寝室を訪れたのを見届けると、プローズは部屋を後にした。
女王が残した卵は、エルフたちの手によって大切に守られ無事出生の時を迎えると思う。
光の玉を受け取った以上、この場にもう用はない。
天界に最も近いと呼ばれる神聖なここは、本来ならば立ち入ることすら許されない地だ。
女王が亡くなってしまったこの城に、魔王の傍にいた者が長居するのは良くはない。
それに勇者たちは虹の橋を渡り終えたのだ。
急がなければ、何も持たない彼らが魔王の前に現れてもただ殺されるだけだ。
次こそは、たとえどんな手段を選ぶことになろうと大切な人々を守りきると決めている。
プローズは光の玉を胸に仕舞うと、脳内に通い慣れた凶城を思い浮かべた。
勇者はまだ、こちらのことを覚えているだろうか。
弟に他人扱いされてはさすがに傷つくかもしれない。
すべては自業自得ゆえの結果なのに、人間とは本当に自分勝手な生き物だ。
これだから、何度生まれ変わっても人間はやめられない。
数えきれない夜のたびに悪夢に魘されても、いつの日か陽の光がすべてを祓ってくれると信じている。
プローズはルーラと短く唱えた。
体が無数の光となり、大地から消えた。
あとがき(とつっこみ)
おとぎ話の軌跡をなぞるリムルダール編でした。いったいいつの時代のおとぎ話やら。
終盤に唐突に『彼女』が出てきたので、『彼女』の説明ができるように別ベクトルもがんばります。
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