ルビスの塔 4
賢者は賢者だ。
豊富な魔力を使い魔物と対峙し、あるいは人々の生活を手助けする賢者には戦士や武闘家といった体力はない。
古代文献を読み先人たちから教えを乞い精神を集中させるといった『静』の行動を主とする賢者一族に生を受け育てられてきたプローズは、
もう何度目かもわからない実家への怒りを覚えていた。
ライムは華奢な体格に似合わず大剣を軽々と振り回す果敢な戦士で、ガライもひょろりとした容姿をしているがアレフガルド中を歩いて旅する鍛えられた脚力の持ち主だ。
一方こちらは移動手段はルーラで杖程度しか持たない、体力に関しては自信がない元賢者だ。
ドムドーラ北方に広がる広大な森林地帯を縦横無尽の駆け回るだけの体力がないプローズは、森の半ばまで進み額に浮かんだ汗を拭っていた。
どれだけ探してもガライもライムも見つからない。
おおよその場所は特定できたが、広い森のどこにいるのかまではわからない。
まだ探し続けたいが、体力のなさに加え寝起きの悪さもあり体が思うように動かない。
いつだって、どこにいたって力のない自身を恨めしく思ってきた。
もう無理だ、これ以上動けない。
プローズは星ひとつ輝かない暗黒に閉ざされて空を仰ぎ、嘆息した。
悔しいが、ここはいったん態勢を整えて再び捜索するべきだ。
それにもしかしたら旅に飽きたガライがドムドーラに戻ってきているかもしれない。
そうであったら、どんなに心安らぐことか。
まずあり得ないであろう夢のまた夢のような出来事を胸に、プローズは絶望しかないルーラを唱えた。
イシスの夜は賑やかだったが、ドムドーラの夜はただただ寒いだけだった。
リグたちは染みのついた地図が示す光を追って訪れたドムドーラの底冷えする寒さに身を固くしていた。
ドムドーラへ向かう途中に地図を何度か確認したが、2つに分かれた光はどちらもふらふらと意思を乗っ取られたかのように彷徨っていた。
追いかけるようにも光の向かう先はわからず、ただ悪戯に追いかけても危険だと判断し彼らの拠点であろうドムドーラへと直行した。
リグたちは旅人ならば必ず訪れる宿屋を訪ねると、プローズについて尋ねた。
「あー、どんな見た目だっけ」
「銀髪に水色の目の無愛想な男」
「そうそう。どうかな、見なかった?」
「こちらにお泊りになられた方の情報については一切お答えできません」
「なんで」
「お客様の特定に繋がりかねない情報ですので」
「そいつ、こいつの兄貴なんだぞ? 身内探してんだから融通してくれよ」
「・・・お見受けしたところ、あなた様はルビスの愛し子バース様であらせられるかと。あなた様にお兄様はおりますまい」
「は・・・? いや、いるだ「待てリグ、もういい」
バースが賢者一族の者だと知っているというのに頓珍漢なことを口にする宿の主に詰め寄ると、バースが片手で制止しリグと主の間に割って入る。
兄は愚兄だが、愚かだから自身が持つ力を理解せぬままに行使する。
時間や空間を操るだけではなく、かつてオリビアの岬でオリビアの魂を操ったように人の精神を操る力にも長ける奴は、何のためだか自身の存在をアレフガルドから消そうとしている。
毎日少しずつだが魔力を使いアレフガルドの人々に誤った情報を送り、偽情報を真実だと思うようにいくつもの人心を弄んでいる。
そんなことをしても、アレフガルドの知能ルビスの愛し子の直系子孫が魔王に傾倒し実家を出奔した事実は変わらない。
今更あの馬鹿兄は何を取り繕うとしているのだ。
有力な情報を得ることができなかった宿屋を出ると、バースはリグたちを町外れの人気のない空地へと連れ出した。
「エルファ、地図はどうなってる?」
「ドムドーラにはいないみたい。でも、どこに行ってるのかもわかんないから動きようがないね・・・」
「ここにいないなら俺ら、ここにいても意味ないだろ」
「いや、そうでもないと思う。リグ、散々馬鹿にするからもう知ってるだろうけど俺たち賢者は体力がない。あいつが森の中うろうろしてるってことは、魔力を使わずに歩いてるってことだ。
あれは俺みたいにスパルタ冒険はしてないから、疲れて帰ってきたところを捕まえる」
「あれとかあいつじゃなくて、ちゃんとお兄ちゃんって言ってあげたら?」
「いやエルファ、ここはせめて兄貴とか兄上とかお兄様にしてやろうぜ」
「2人には悪いけどどれも呼ばないから。・・・でも面倒だな。たぶん、この世界であいつのことを覚えてるのは俺たちと俺ら一族だけだ」
「そうそう、それだよ。何なんだよさっきの、覚えてるって何だ? 他の人たちは忘れちゃったのか?」
「人の記憶なんてあっさり吹き飛びからな。俺がやりたくてやったんじゃないことを、あいつが意図してやってのけるってのはありえる」
プローズが何を考えているかわからないから、すべては憶測の域を出ない。
過去を遡ろうにも、プローズと接触しなければ彼の記憶の世界に入り込むことはできない。
入りたいと思ったことはないが、彼を知ることがライムの行方を知るための材料となるのであれば我慢して目的を達成しようとするだろう。
バースは地図を仕舞ったエルファに目配せすると、当てにならない情報収集を続けるべく市街地へと足を向けた。
ドムドーラ自体はそう広くない町なので、整った顔立ちをした青年の姿はよく目立つはずだ。
「俺は女の子いっぱいいそうなとこで訊いてみる。・・・いや、他意はないって」
「ほんとにー?」
「ほんとだよ! ほら、リグはどこ探す? リグ?」
「・・・やばい、足の指折れた気がする」
「「は?」」
地面にうずくまり動かないリグに歩み寄り、足元にどしりと置かれている石を見下ろす。
たかが石に躓いた程度で足の指が折れたとは、冗談ならばもっとわかりにくいリアリティ溢れる嘘をつくべきだ。
バースは石を持ち上げようとして、予想外の重みに尻餅をついた。
「・・・いや、ないだろこれ」
「だろ? ホイミしなきゃいけないレベルの痛さと固さ」
「えー、ほんとにー?」
「「ほんとだって」」
男2人が持ちきれなかった石のようで石ではない塊を、バイキルトを唱えたエルファがゆっくりと持ち上げる。
あっ、ほんとだ重たいこの密度すごいねー。
珍しいからジパング行ったらヤマトさんに見てもらおうと提案しリグの持ち物袋に突っ込んだエルファを、リグとバースは旅を始めて以来もっとも恐怖を込めた目で見つめた。