実は肝試しやったことはない


真夏の夜の怪







 今年もこの時期がやって来た。
季節自体は嫌いではないのだが、季節恒例の行事には本当に嫌になる。
そして自分が嫌がる行事に好奇心を示し、なおかつ一緒に行こうと誘ってきた幼なじみにリグは盛大に頭を抱えた。




「エルファと行きゃいいだろ」


「女の子2人で深夜森の奥まで行けって言うの? 道中何かあったらどうしてくれんのよ」


「何かって何が・・・? 魔物出てもあの辺りならエルファ1人で倒せるって」


「変な人に襲われたらどうすんの!?」


「変な奴出てもフィルには見向きもしないって・・・」





 リグはお茶請けに出されたクッキーを手に取ると、ぽいと口に放り込んだ。
初めは遠路はるばるルーラで来てやってももてなし1つしてくれなかったが、躾ければなんとかなるものである。
来る度に味も良くなっている気がするし、手作りしてくれているのだろう。
そこまでは望んでいなかったため、リグは恋人の意外な才能と努力を喜ばしく思っていた。





「変な人にも見向きもされない私にわざわざ逢いに来てくれるリグは、よーっぽどの物好きなんでしょうねー」


「・・・・・・」


「変な人にも襲われない私に襲いかかろうとしてるリグは、実はだいぶ変態だったりしてー」

「誰も襲ってないだろ、変なこと言うな馬鹿」




 あることないこと、男の沽券に関わることをいわれたリグはフィルの頭を小突いた。
何すんのよと憤る反応が面白くて、今度は下ろしている長い髪に手を差し込んでみる。
思ったよりも柔らかくてさらさらしてて気持ちいい。
変態呼ばわりされたことは心外だが、特に意味もなく髪を梳かして心地良くなっているのは少しおかしいのかもしれない。
リグはくるくると指に髪を絡ませながら、話の始まりを思い出していた。
エルファと行けとは言ったが、よく考えなくとも彼女の保護者が猛烈に反対するだろう。
夜中にエルファとフィルちゃん2人で外だなんて人身御供前提か砕くぞドアホと罵られ、それを実行に移されそうだ。
だったらライムも一緒に行けばいいのか。
いや、ライムは夜間外出自体を良く思わず説教をしてくるだろう。
エルファに叱られるのはまだ許せるが、バースとライムに叱られるのは精神的にダメージを受けるし、特に前者からは嫌なことこの上ない。
・・・仕方がない、一緒について行ってやるか。
文句は言っても結局はフィルの頼みは聞いてやりたいリグは、離せと抵抗をし続けているフィルに声をかけた。





「道中ニフラム乱発していいんなら一緒に行ってやるよ」


「私はリグもニフラムしてやりたいんだけど。お菓子触った手で髪に触らないでっていつも言ってんじゃない!!」


「また洗えばいいじゃん。何だったら手伝おっか?」

「いらんわ! 帰れ変態!」




 フィルは手持ちのキメラの翼を強引にリグに握らせると、窓を大きく開け放った。



























 リグがリグに行きたいとせがんでいたのは、ノアニール付近で開催される夏の肝試し大会だった。
この世のものではない幽霊や悪霊たちとやたらと目が仲良しなリグにとって、肝試しは鬼門である。
こちらから出向いて幽霊に出くわすといったスタイルが気に入らないのだ。
しかも場所はノアニールだ。
あの辺りはエルフなんていう不思議種族もいるほどなのだから、絶対に幽霊連中も顔を出してくる。
怖くはないが、気持ち悪い思いはしたくなかった。





「リグはほんとにフィルには優しいんだね」


「俺、そんなに普段は厳しいかな」


「うーん・・・、バースには激辛だよね」




 エルファは苦笑すると、リグの右手の項に紋章を描いた。
幽霊が怖いわけではないが、用心に越したことはない。
リグはエルファに悪霊が必要以上に近付かないように呪文を施してもらっていた。
これさえしてもらっておけば、フィルとの肝試しもそれなりに楽しめるだろう。
もっとも、リグには肝試しを楽しむといった概念自体が理解できないのだが。




「いつも言ってるけど、これしたからって安心しないでね。出てくるものはやっぱり出てきちゃうから」


「よーくわかってる、ありがとなエルファ。後、悪いけど2,3日自由行動だってライムとバースにも言っといてくれるか?」


「うんわかった。えへへ、私たちもリグたち驚かせに行こっかな」

「悪霊に間違えて斬ったらごめんってバースに言っといてくれ」





 冗談には聞こえない不穏な言葉を残すと、リグはルーラを唱えた。
























 隣で楽しげに森を散策している恋人が恨めしくてたまらない。
リグは、松明を持っていない方の手で額を押さえた。
こんなに至近距離で幽霊が手を振っているというのに、本当に気付かない者はとことん気付かないものだ。
悪霊の類はエルファが張ってくれた結界が作用しているのか近寄らないが、リグが不機嫌なことにはさしたる違いはなかった。





「ねえねえ、肝試しとかやってたら本物の幽霊も来るって聞くけど、やっぱりここにも来てるのかな」


「・・・そりゃもうどっさりと・・・」


「やだ、リグったらそんなに私を怖がらせたいの?」




 子どもなんだからとばしばしと背中を叩いてくるフィルに、リグは更に眉間に皺を寄せた。
これだから気付かない奴は。
いや、もしかしたらフィルが人一倍鈍感なだけなのかもしれない。
そういえばこいつ、俺がずっと好きだったってことも気付かなかったわけだし。
リグはずんずんと先を進むフィルの背中を見つめた。
目を擦り、もう一度よく見つめる。
半透明の腕がフィルの肩を掴もうとしていた。
半透明なのにものすごい邪気を感じる。
リグはフィルに触れようと腕を伸ばした。
あと少しで彼女に触れられる。
そう思った直後、フィルの体が闇の中に消えた。




「あっれー。ちょっとリグ、松明消えちゃったよ」


「いいかフィル、絶対にそこから動くなよ」





 故意に消された松明の代わりにメラを唱える。
ほのかな光の中でフィルを見つけたリグは、片手で彼女を抱き寄せるとぼんやりと浮いている腕だけの存在に向けてニフラムを発動した。




「ったく、油断も隙もない・・・。だから来たくなかったんだよ・・・」

「リ、リリリリリリグ・・・!!」


「なんだよ、あのな、見えてないだろうけどお前さっき、取りつかれかけてたんだぞ・・・」


「くすぐったい・・・・・・、顔! 腕!」


「は・・・?」





 リグは捕まえたままのフィルを見下ろした。
うっかり顔を動かすと、彼女の頬だか額だかに触れそうな気がした。
うっかり腕を動かすと、彼女の上半身をまさぐりそうな気がした。




「あー・・・、不可抗力ってか・・・」

「は、離れるか無口になるか・・・、抱き締めてくれるんならもっとわかりやすくしてよ!」


「・・・自分が何言ってんのかわかってないだろ・・・」





 下手な事言ってまた変態呼ばわりされてはたまったものではない。
リグはあっさりとフィルから離れると、今度は彼女の手だけを握った。
やはり肝試しは苦手だ。
余計なものが出てくるし、自分に害はなくても連れに纏わりつくのは、その腕が男のものでも女のものでも気に食わない。
こういう所からはさっさと退散すべきである。




「ほら、早く帰るぞ」


「・・・トラウマになりそう・・・」


「何がトラウマになったのかは敢えて訊かないでやるけど。・・・やっぱたまの休日くらい明るい時に会わないか?
 陽の下でフィル見てる方がほっとする」


「・・・そうだね、暗くて黒いのはリグだけで充分だった」





 ぎゅっと握り返されてきた手の感触は、日中でも夜中でも変わらない。
ただ、今もしも明るければ、隣で歩く彼女の顔はかなり血色良く見えるだろう。
まさか己の頬もそれなりに熱くなっているとは露知らず、リグとフィルは幽霊がうようよ浮かんでいる夜道を帰るのだった。








あとがき

甘いって何ですか、肝試しって学パロとかラブコメでは外せないイベントって聞いたんですが。
それにしてもこの恋人たち、主に逢うのは夜中ばかりの夜型カップルだ。
とりあえずうちの勇者殿はむっつりさんで決定です。



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