時と翼と英雄たち

ジパング    3





 突如現れた謎の男の正体は、ヤヨイの双子の弟セイヤだった。
18歳になる彼は根っからの武闘家で、趣味は鍛錬特技は鉄拳という、骨の髄まで筋肉でできていそうな青年である。






「で、どうしてあんたはそんな人騒がせな事をやってくれるわけ。
 俺達ヤヨイさんの生贄の儀式に間に合わなかったんじゃないかって心配したのに。」



「お前らのような異国の者達がヤマトを連れてくると知っておったら、このような事をヤヨイ姉様にさせずに済んだものを。」
 ヤマトが帰って来ぬかも知れぬ身を思ったがゆえ、我は姉様の身をオロチの手から守り続けたのだ。」





そう言って宝物を愛でるような目で姉であるヤヨイを見つめるセイヤ。
その一途なまでの姉弟愛にエルファは感動する。





「そこまでお姉さんの事を大切に思い続けるなんて素敵よね、バース。」


「そうか? 俺はこいつの第一印象最悪だからな。」



「それは我とて同じ意見だ。こやつのような白髪頭に我を貶めるような振る舞いは許さん。」



「・・・だから白髪じゃねぇって・・・。」





バースの大きなため息が貯蔵庫内に響いた。














 リグ達は初めセイヤについては特に関心を持ってはいなかった。
ただのシスコン熱血漢としか認識していなかったのである。
だが、彼の一言がリグ達の認識を大いに改めさせた。
この青年、見ているところはちゃんと見ている、なかなかによくできた戦士だったのだ。






「ヒミコ様はかつてのヒミコ様ではないと我は思うのだ。」



「・・・例えばどんなところが?」



「お主達もこれまで数多の敵と対峙してきたのであろう。
 ヒミコ様は確かに常人を遥かに凌ぐお力を持っておられた。
 しかしそれは負の力とはまったく関係のないもので、したがって生贄を差し出すなどというような怪事も起こる事がなかった。
 ・・・ヒミコ様が変わられたのと、オロチに生贄を差し出すようになった時期は同じだ。」






セイヤはそう言い切ると、リグ達とヤマト、ヤヨイの顔を順に見つめてきっぱりと言った。




「あのヒミコ様、いや、ヒミコは魔物だ。」







 セイヤの言葉を聞いたヤヨイの顔色がさあっと変わる。
それもそのはずだ。今の今まで神として、女王として崇めてきたヒミコが実は魔物だったのだ。
これ以上のショックもそうそうない。
リグはセイヤの真剣な面持ちを見てふっと口元を緩めた。
田舎の鎖国国家にも、ちゃんと目を持っている奴はいるではないか。
彼にもヒミコの正体が見破られたのだ。
このままずっとヒミコの悪行を見守っておくジパングの民達の対する義理もない。
リグはライム達3人に宣言した。





「オロチ倒しに行くぞ。多分あれ、ヒミコにも化けてるんだろうけど。」


「今から行く? 私達はいつでも出発できるわよ。」




ライムの言葉にバースもエルファもそれぞれ大きく頷く。
立ち上がり、いざオロチの住処へ行かんとしたその時、セイヤが彼らの行く手を阻んだ。
彼の不可解な行動に首を傾げるリグ達。
セイヤは拳をぐっと握り締めると、高らかに叫んだ。




「我もオロチを倒しに行く!
 ジパングの事はジパングの民が決着をつけたい。」



「なんと・・・! セイヤ、それだけはやめておくれ。
 そなたに万一の事があれば私はどうすれば良いのじゃ。」


「武芸に縁のないヤマトですら生きて姉様の元へ戻って来れた。
 それに我の意志はたとえ姉様の頼みであろうと変えられない。
 リグ殿、我も戦いに加えてはくれぬだろうか。」




「俺は構わないけど。4人より5人の方が手っ取り早く決着もつきそうだし。
 みんなは?」



「私も賛成。セイヤさん、一緒に頑張ろうね!」





エルファがライム達の気持ちを代弁する。
ここにヒミコ討伐隊が結成された。





















 ジパングの集落からほんの少し東に歩いた所にオロチの棲み処はあった。
洞窟の内部はマグマが煮えたぎっており、歩いているだけでも汗が噴出してくる。
リグ達は魔物達との戦闘の際に誤って溶岩の中に足を突っ込まないように用心に用心を重ねて、オロチの待つ最奥部へと進んで行った。





「セイヤ、結構強いんだね。独学?」


「熊や島に住む魔物相手に戦っていただけだ。」



「へぇ。じゃあセイヤ、これはなんだ?」




マグマの空間とは打って変わってひんやりとした部屋にやって来たリグは、すぐ後ろを歩いていたセイヤに尋ねた。
彼らの前に広がるのは無数に転がる白骨。
中央にこじんまりとした台があるあたり、ここがおそらく娘達の生贄の祭壇とされた悲劇の舞台だったのだろう。





「でも何もない、わね・・・。オロチがいるのは別の部屋みたい・・・。」



ライムが祭壇の間をひと通り歩いてみてリグに報告する。
そっか、と頷いてリグは改めて部屋を眺めてみた。
何もないはずの空間に、人が大勢いる。しかも皆が皆、若い女性ばかりだ。
目の錯覚かと思い、目を擦りもう1度部屋の中を覗く。
やはりリグの目に入ってくるのは悲しげに顔を曇らせ、涙に暮れている者もいる、白い衣を纏ったうら若い女性達だった。




「・・・バース、エルファ、この部屋、本当に何も見えないか?」


リグは自分の見ているものが信じられなくなって、彼よりも遥かに高い魔力を持つバースとエルファに尋ねてみた。
2人は不思議そうに顔を見合わせると、リグの方を向いて逆に心配そうに尋ねてきた。





「リグ、リグにはこの部屋何が見えるの?」



「大勢の若い女の人。エルファぐらいの歳の子もいるけど、みんな白い服着て泣いてる。
 ・・・・・・まさか。」


「そのまさかだと俺は思うけどな。
 俺らに見えなくてお前にだけ見えるってことは、それはこの世のものじゃないってことだ。
 つまり幽霊、先に生贄になった人達の亡霊だな。」





 バースに言われ、はっとして女性達の方を見やる。
言われてみればそうだ、灯りに照らされて自分達の影はできているのに、彼女達に影はない。
どことなく儚く感じるのも、泣いているせいではなくて、命がとうに尽きているからだ。
こんなにたくさんの人々がオロチによって殺された。
リグは自分の体内にさらなる闘志が燃え上がるのを感じていた。





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