13.将軍様(像)も見てる
旅もなかなかいいものだ、新しい品種が手に入った。
かつて美と芸術の都と呼ばれ栄えていた王国の庭園を彩っていたと言われていたそれは、花を咲かせるときっととても美しいのだろう。
栽培セットから何からすべてダーハルーネの宿屋に置き去りにしてしまっているので今すぐ鉢植えすることはできないが、次の町で手に入ったら真っ先に可愛がってやる。
美しいだけではなく、覚醒を促したり傷を癒したりする効能もあればもっと良い。
たくさん育てたら、の鍛冶セットを借りてトンカンしてみてもいいだろうか。
飢えも怪我も病気も癒す妙薬を生成できるかもしれない。
は布袋の中で眠る種子を袋の上からぽんと叩き、えへへと笑った。
「あらちゃん、何かいいことあった?」
「さっき寄った宿屋で花の種を分けてもらったの。昔この辺にあったお城由来のものらしくて、育てるのが楽しみ」
「お城・・・ああ、バンデルフォンね。ちゃんはお花好き?」
「花も草も育てるのは好き。デルカダールに住んでた頃もいろいろ栽培してて割と活用してたんだけど、こんなことになったからいちから集めようかなって」
「まあ、素敵ね! その花、咲いたらアタシにも見せてくれる? アタシもこれから花の種見つけたらちゃんにあげるわ」
「え~いいの~嬉しい! グロッタ着いたらめいっぱい日光浴させるんだあ」
うっすらと前方に見えてきたグロッタの町並みを見下ろす。
たちとの旅で初めて一緒に辿り着くことになる記念すべき町だ。
気分だけはモニュメントを作ってもいいくらいにはしゃいでいる。
蜂に刺され兎に蹴られながらグロッタの門を潜ったたちを待ち受けていたのは、の人生史上もっとも大きくて威圧感を感じたグレイグ像だった。
グレイグの顔はどこまでも広く、勇名も世界中に轟いているようだ。
はグロッタの英雄グレイグの胸像を見上げ、重い息を吐いた。
デルカダールの将軍を勤め上げるほどなので、もちろん悪い奴ではない。
ホメロスの同僚ということで店を訪ねてくれることもあったが、あまり面白味のある男ではなかった。
ホメロス以上に難しげな表情を浮かべこちらを見つめていて、ひょっとしたら素性の知れないこの身を疑っていたのかもしれない。
ある日の明け方、ホメロスが泥よりも汚れ虫よりも息の細い得体の知れない何かを自陣へ持ち帰ってきたのだ。
まっとうな思考の持ち主ならば、ホメロスの行動にも彼の腕の中の物体にも疑念を抱く。
たとえ瀕死の何かがすくすくと育ち、デルカダールでもそこそこに名の知れた自称看板娘へ艶やかに変化を遂げようともだ。
グレイグもきっと今回の出来事を大いに嘆き怒っているだろう。
ベホイミの恩義はいつか返せたらいいと思う。
何もできないこの身がグレイグに捧げられるものはほとんど何もないのだが。
「、情報は集められたか?」
「グレイグ将軍の胸像は上腕二頭筋がおすすめなんだって。確かにいい肉がついてると思う。最近のグレイグ将軍の方がもっとムキムキで私は好きだけど・・・」
「、お前男の趣味が変わっちまったのか?」
「へ? 恋バナしてたっけ。カミュたちはどう、仮面武闘会ってやつエントリーするんでしょ。対戦相手になりそうな奴骨抜きにしてくるから後で教えて。情報収集の本番は夜よ」
「どんな情報収集なんだよ。デルカダールでもそんな商売してたのか? でもだったらどっかで会ってそうだもんな・・・。上客相手か?」
「さっきから何言ってるの? 私は別にぱふぱふのその先系統のお仕事はしてないし、そもそも将軍はそうならないために私を引き取ってくれたんだし・・・。ていうかカミュ行ってたの・・・? ええ・・・、その顔なのに行く必要ある・・・?」
再会してからずっと会話が噛み合わない。
の空白の時間がわからないから探りを入れていると、予期せぬ難関にぶつかる。
の言い方が悪いのだ、誤解を招くような紛らわしい発言をするから!
カミュは再びグレイグ像を見上げ始めたの肩をつかんだ。
別れた時よりも肉付きもしっかりしている。大切に育てられていた証拠だ。
不測の事態の時にとっくりと鑑賞した体にも、痣や傷はなかった。
そういえば彼女はまた怒ってしまうだろうから、口が裂けても言えないが。
「カミュ、と一緒に武闘会組めるかな」
「俺は信じてるぜ、奇跡ってやつを」
「奇跡はここで使っちゃうの? 聞いたよ、優勝賞品は虹色の枝なんでしょう。すごく綺麗ね、とっても神秘的で。あの枝、役目果たしたら私にくれたりしないかな」
「どうするんだ?」
「接ぎ木が上手くできれば、ぜーんぶ虹色の枝でできてる木がつくれる。どうよ、盗賊的には最高級のお宝じゃない?」
「接ぎ木できる奴を攫う方が遥かに美味いから、せいぜい掻っ攫われないように守ってもらうことだな」
今のは宣戦布告と受け取って良いのだろうか。
斬新な宣言だ、もうとっくに攫われているというのにこれ以上何奪うというのだろう。
試しに今逃げてみようか。
そろりとカミュの拘束から逃れようとしたは、思いのほか強く引かれた腕に白旗を上げた。
勇者様、初めての外泊らしい。
周りがそわそわとしていて落ち着かない。
イシの村基準での成人は16歳だというから子どもでもあるまいし、町一番の強い奴の元に泊まりに行ったのだから何を心配するというのだろう。
みんな過保護すぎでしょ、気分鎮めるために気つけ草でもいっとく?
つい先日ようやく乾燥したばかりの気つけ草をふんだんに使った気つけ草ドリンクを差し出したは、ベロニカにぴしゃりと手を叩かれた。
幼女だと侮っていたわけではないが、やはり彼女の腕力を甘く見てはいけない。
彼女とて戦う冒険者なのだ。
デルカダールでのんびりと看板娘その他をやっていただけの一般人とは越えてきた場数が違う。
はすごすごとグラスを手元に引き戻すと、入れたての気つけ草ジュースを一気飲みした。
自分で飲むなら酒を入れておけば良かった、失敗した。
「アンタはそうやって何でも薬に頼るんじゃないの! 毎晩気つけ草って、いつどこで麻痺してるの!」
「これを飲むと頭がしゃきっとして調子がいいんだよね。もうやめらんない、目覚めと風呂上がりの一杯くらい赦して」
「ええ・・・それ本当に成分は気つけ草だけ? 変な成分入ってたりしてない?」
「してないしてない! 私は健全に健やかな人生を謳歌したいだけだからアウトローな薬とかは絶対無理、マジで無理」
一時期デルカダールの兵士たちの間で流行った筋力増強剤は要審議にしていたが、結果を出した者が周囲にいなかったので不問にした。
女性たちがこぞって愛飲していたスタイル抜群になれるドリンクとやらは常連に勧められるがままに飲んでみたが、ホメロスに知られこっぴどく叱られたので逆恨みの対象になった。
やはり出所のはっきりした効能を持つ薬草類が安心安全だ。
は空にしたグラスをちょんとつつくと、未だに明かりが灯っているハンフリーの自宅兼孤児院の方角へ視線を向けた。
仮面武闘会限定の即席コンビとはいえ、話は弾んでいるようだ。
素性がすぐに知れるあたり仮面の存在意義について疑問を抱いてしまうが、やカミュが似合っていたので良しとする。
一度はとペアになりかけた女武闘家など色気がすごかった。
望んで蹴られに行くアホが続出しそうだ。
あれでまっとうな青少年でむっつりのだから、もしペアを組んでいれば戦闘中に彼女に見惚れて負けていたかもしれない。
ハンフリーがむさ苦しい男で良かった。
それにハンフリーはチャンピオンだ、まず優勝は堅いだろう。
「もハンフリーと一晩一緒に寝たら仲良くなれるでしょ。カミュも相方のとこに行かなくて良かったの? あ、もしかしてこれから忍び込んじゃう感じ? 盗賊なだけに!」
「お前な・・・もう少し言い方ってもんを考えられないのか? 昼もそうだけど、どうしてそう変な具合に言うんだ。セーニャもベロニカもいるんだぞ」
「はぁいセーニャ、私間違ったこと言ってる?」
「はぁいさま。いいえ、共闘する相手と心を通わせるのは大切だと思います。カミュさま、私たちのことはお気になさらず仮面武闘会に向けての支度を整えられて下さい」
「セーニャまで!」
「あたしたちもいい加減のテキトーさには慣れたのよ。安心しなさい、ちゃーんと見張っておいてあげるから」
「やぁんベロニカってばお姉ちゃんみたい!」
「お姉さんなの!!」
皆元気でなによりだ。
この調子なら、明日からの大会はカミュにも期待していいかもしれない。
は宿屋に宛がわれた自室に戻ると、明朝用の目覚めの花を取り出した。
気つけ草ジュースめっちゃまずい