お酒は精神年齢大人になってから
たまたま訪れ暖簾を潜った居酒屋は、見知った顔で溢れていた。
札にかかる予約団体客の名前を見てああと納得すると同時に、おかしくねと疑問を抱く。
(伝説の)雷門中サッカー部OB会ってどう考えても面子おかしいだろ、なんで初期メンのスタメンだった伝説中の伝説俺が招待されてないわけ。
いやいやいやいや、だって俺地元で就職して休みの日はお前らが今も昔も大好きな河川敷のサッカーグラウンドで少年サッカーチームの監督やってるくらいの地元に貢献した
ザ・OBなのになんで俺呼ばれてない?
おい待てよ、まさかここにきて初期メン外しのOB会?
背伸びしてわいわいと盛り上がる座敷を覗き込むと、初期メン中の初期メンにしてOBの出世頭染岡の桃色頭が見える。
俺、単に省かれてんじゃん何だよそれ!
入口で嘆きの声を上げ天を仰ぐと、肩を番と叩かれドンマイと言われる。
さすがはノリのいいお店だ、こうやって客の弱った心理につけ込み金を巻き上げるとは逞しい経営方針だ。
半田はゆらりと振り向きありがとなと声をかけようとして、店員ではなかったドンマイの発言者を見なかったことにした。
「・・・あーやべ、風邪引いたかな」
「そーう? どっこも悪くないしぱっともしてないけど」
「いや、これもうたぶん治んないんだよ。つーか一言余計?」
「そーう? 見たまんまのこと言っただけなんだけどな」
「だからそういう事実言うとこが余計って言ってんだよ! 何!?お前もあれのメンバーなのか!?
雷門どころか日本の中等教育すらリタイアして卒業してないお前が入ってて俺が除け者!? はあ!?」
「なぁに1人で騒いでんの寂しい子ね。混じりたいなら混ぜて下さい美波様って言やいいのに」
「言わねぇよ! てかなんでお前ここにいんの? イタリアでダーリンとサッカーしてるんじゃなかったのかよ、エアメール嘘つきやがったな」
「今はちょーっと日本でダーリン以外と愛人ごっこさせられてんの。そんなことよりもいいのー半田、お家帰らないでこんなとこ入り浸ってマイフレンドこう見えて怒りんぼよう」
「言うなよ、絶対言うなよ」
「ピーチサワー一杯で取引成立ね、なぁんにも見てませーん」
お姉さん座布団もう1枚追加してーと居酒屋スタッフよりも数段華やかな声でオーダーした美波が、入り口でもたついている自身をぐいぐい遠くの座席へと引っ張っていく。
美波の体からふわりと香る甘い匂いに、半田はげっと小さく声を上げた。
こいつ、飲まされたのか自分で飲んだのか相当飲んでんな。
半田は本日のフツメン登場ーと嬉しくもなんともない紹介と共に部屋に通されるなり、美波の腕をつかみおいと呼びかけた。
「ウーロン茶3杯とに取り換えようぜ。飲みすぎだよお前、どれだけストレス溜め込んでんだ」
「えーもう注文しちゃったー」
「だから苦手なんだよタッチペンで注文するとこは、馬鹿頼む奴が出てくるから!」
半田は美波からメニュー表を取り上げると、隙間を見つけ座布団片手に円堂と染岡の間に割り込んだ。
3人で始めた雷門中サッカー部だというのに、1人だけ除け者いするとはお前らどういう神経してやがんだ。
豪快に盃を呷る染岡の肩を組んだ半田は、円堂に注がれたビールを一気に飲み干し染岡を睨みつけた。
「お前さあ、俺のこと忘れてたろー」
「忘れてねぇよ。久し振りだな半田、お前今何してんだ?」
「リーマン時々少年サッカーチームの監督。どうせ海外プロリーガーとは住む世界が違いますよーだ」
「そんなことないって。俺よく見てるぜー、半田いつも河川敷で頑張ってるよな! 監督歴で言うと俺より上だよ、よっ先輩!」
「円堂・・・! ・・・お前、知ってたのになんで声かけてくれなかったんだよ・・・」
「あーうん? ほら、会おうと思えばいつでも会えそうだったから? ごめん! ほんとは忘れてた!」
「本音ありがとな! そりゃ忘れるよな、風丸染岡円堂壁山この面子じゃ俺忘れられてる方がむしろ定位置な気がする!」
自分で言っておきながら空しくなってきた。
中学時代からポテンシャルが違ったが、今日この場にいることはひどく場違いな気がする。
あいつ、ほんと俺に対して余計なことしかしないな、なんで連れて来やがったんだ。
半田は風丸の隣でもぐもぐと鶏肉の唐揚げばかりを貪っている美波の席へ移動すると、美波の手から皿を取り上げた。
「あっ、もー何すんの半田」
「肉ばっか今更食ったって腹にしか肉つかねぇよ」
「あーそれセクハラ―! 何よう、ちょーっと自分の奥さんがグラマーだからって人の嫁と比べるこたないじゃん。知ってるー? 有人さんスレンダー体型の方が好きなんだよー!」
「そっ、そこまでは言ってねぇし聞きたくねぇよ! つーかお前の旦那はお前なら何だっていいんだろどうせ!
俺はな、いついかなる時も自分が美人だって思ってる自意識過剰の親友が豚になるのを見たくなくて、こっちのサラダとだな・・・」
「私は草食動物じゃないんですうー。ねー風丸くん、今時の女子は肉食でなんぼだよね!」
「積極的なのはいいことだけど、バランスよく食事した方がもっとずっと可愛いままの葉山でいられると思うよ。これも美味しいから食べてみたらどうかな、ほら」
「きゃあ風丸くんかっこいい気が利くすってきー!」
女子力とは何なのだろうか。
お皿におかずを取り分けてくれる可愛いOLとは、伝説上の生き物なのだろうか。
別にそうしてほしいわけではないし甲斐甲斐しく尽くしてくれる女性は自宅にいる愛妻だけで充分なのだが、美波はもう少しばかり気配りというものを身につけた方がいいのではないだろうか。
こんな奴が本当に人妻になれるのだろうか。
ダーリンがぞっこんだから美波の多少の出来の悪さなど問題ないどころかそもそも見えていないのだろうが、美波はそれに甘えることなく自分磨きをした方がいいと思う。
半田は風丸に取り分けてもらったサラダを嬉々として口に運ぶ美波を見つめ、はあとため息をついた。
「ほんと葉山見てると歳忘れるわ、お前変わんないのな悪い意味で」
「はあ?」
「半田はお小言が増えたよな、仕事で苦労してるのか?」
「しがないリーマンですから。そっちはどうなんだ? 毎日毎日カメラに追っかけられる生活ってどうなんだ?」
「ははっ、慣れたよ。ただ見た目じゃなくてプレイを見てほしいから、今はもっとプレイを見てもらうように特訓してる」
「風丸はいい意味で変わんないなあ、すっげぇ癒されるわ」
「そうか? そうだ、今度チケット送るから見に来てくれよ葉山と一緒に」
「「いや、それは無理」」
あ、そっか2人は仲いいだけでそれぞれ家庭があるもんな。
ごめんごめん、あんまり息ぴったりだから忘れてたよごめんごめん。
朗らかに笑う風丸の声を、タイミングを見失い完全に入りそびれた鬼道が座敷の外で微動だにせず聞いていた。
「あ、それ俺の飲みかけ勝手に飲むなよ!」「口に入れれば全部一緒でしょー」(!?!?)