隠し味は昼ドラタバスコ




 月山国光でのサッカー部の練習を終え、学習塾での受験対策講座を受ける。
サッカー部としての活動は終わったが、今は内申や成績とは関係なくただ楽しみ気分転換するためだけにサッカーボールを蹴ることができる。
通知表の5にしか興味がなかった数か月前が嘘のようだ。
南沢は夜も更けようやく解放された塾を後にすると、真っ黒な寒空を見上げ宙に白い息をほわりと吐いた。
受験生にはクリスマスも正月も冬休みも関係ない。
ただひたすら時間がある時は机に向かって受験勉強に打ち込み、来たるべき智の戦いの備えるだけだ。
戦いの前にはまず腹ごしらえだ。
南沢は行きつけのコンビニに入ると、熱々のおでんを見下ろし鞄から財布を取り出した。





「大根と牛筋とた「あ、卵ラストじゃんラッキー」・・・」





 さっむい冬にはおでんと炬燵とみかんだよねーとはしゃぎながらほいほいとおでんの具を指名する隣のレジの女性客を、ふざけるなという思いを込め横目で見る。
卵を先に指名したのはこちらだというのに、夜でも元気な客の声に遮られてしまった。
誰だ、俺の卵を取ったのは。
敵と化した客の顔を見た南沢は、見覚えのある整った横顔に思わず声を上げた。
んーと言いながらこちらを顧みた女性が、あれえ南沢くんだっけぇと間延びした問いを発した。





「やだあこんな時間に何やってんの? 非行少年? 不良? あ、肉まんも下さい」
「塾の帰りです。・・・あの、卵は・・・?」
「すみません売り切れました」
「ああ卵欲しかったの? ごめんね後で美味しく食べるね」
「そこは可愛い年下に譲るとこですよ愛人サン」





 レジで会計を済ませたがにこおと笑い、同じく卵を諦めた南沢を外へ連れ出す。
はそういうこと外で言っちゃ駄目よう南沢くんと人差し指を振りながら言うと、むうと眉根を寄せた。




「南沢くんは塾で何を勉強してんの? 何勉強したら愛人サンとか呼ばなくなるのかな?」
「事実じゃないですか、愛人サンが聖帝の愛人サンってのは」
「私はイシドさんの愛人の前にダーリンのハニーなの。わかる?」
「恋人いるのに愛人やってるんですか。とんだ人ですね、ああ美人は怖い怖い」
「すっごく腹立つその美人呼び超腹立つんだけど」
「褒めてあげてるんですから喜んで下さい、・・・サン・・・?」





 面白い。
からかえばからかうほどに表情を険しくしていくの百面相を見るのが楽しくてたまらない。
勉強漬けでやや苛々している頭が、の登場で解されていく。
なるほど、は向こうが何やかやという前にこちらが言いくるめれば好きなように扱えるのか。
南沢は口元に淡く笑みを刷くと、同級生受けも大人受けもいい表情でを見上げた。





サン、もしかして俺との約束守りに来てくれたんですか?」
「約束?」
「サッカーの話してくれるって約束しましたよね」
「したっけ? てか私、そんな約束するほど南沢くんと仲良かったっけ」
「あなたは大して仲良くないような人に対してもこうやって茶々入れてるんですか。・・・うちと雷門の試合の後で話したじゃないですか」
「へえー」




 他人事のように相槌を打つに怒りと呆れを覚えながらも、根気よくを向き合う。
神出鬼没のと出くわしたのも何かの縁だと思う。
がなぜここに現れたのかもわからないが、会った以上はもっとぎゃふんと言わせたい。
南沢は肉まんを頬に当て暖を取っているに一歩詰め寄った。





「俺、さんとサッカーの話するの楽しみにしてるんですよ? いつ話してくれるんですか? 今からですか?」
「今は無理よう、こんな時間に子ども連れ回してたら私が悪い大人みたいじゃん」
「悪い大人ですよ元々」
「は? それに、そうじゃなくても私結構予定詰まってるから無理じゃない?」
「聖帝との予定ですか? さすが愛人サン」
「いや、京介くん。もう京介くんにモッテモテでぶっちゃけ南沢くんと遊んであげてる暇ないんだわ。私って昔から10番にばっかり好かれてるから」





 ごめんね南沢くん。
ついでに言うと私そろそろ帰って明日の用意しなきゃなんないの、明日はどっかで何かの試合があるからデートなんだえへへへへ。
誰からの着信があったのか、ぶるぶると震えた携帯電話を開いたがおでんの入った袋を荷物持ちに成り下がったこちらに押しつけてくる。
何も通用していない、ただ見上げられたとしか認識されていない。
南沢は電話の相手と話し込んでいるから視線を逸らすと、先程よりも更に白い息を吐き出した。





「そっかあうんわかった。ん? べ、別にお夜食買いに出たりしてないよ!?」
「してるだろ・・・」
「う、うん!? だよねだよねーやっぱおでんの隠し味は青春・・・いや、買ってない、ほんとこれマジだってば!」
「買ってるだろ」
「・・・はい、・・・うん、すみません気を付けます・・・。・・・うん、おやすみ有人さんたぶん大好き」
「は・・・!?」





 ふうと息を吐き携帯電話を仕舞ったが、心なしか落ち込んだ表情でこちらを見やり小さく笑う。
あまり信じたくないのだが、ひょっとするとひょっとする相手にお叱りを受けたらしい。
あの人がダーリンで聖帝の愛人でって、この日と思った以上に業が深い人生歩いてるな。
はコートを着込み直すと、南沢の頬に肉まんを押しつけた。




「南沢くん、共犯者よ」
「俺を巻き込んだらもっと大変なことになりますよ?」
「そーう? じゃ、これは口止め料」





 そう言ってひらひらと手を振り駆け去っていくの背中を黙って見送る。
肉まんそのものが温かいのか、が触れ続けていたから温かいのかわからない温もりが頬を包み込む。
受験終わったら相手したげるから、それまでは卵のありがたみを感じて待っててねー。
遠くでの声が聞こえ、ふと両手を見下ろすとそこにはがわざと受け取り損ねた卵入りおでんの入った袋が握られたままだ。
卵ひとつで待っていろとは随分と安い取引だ、自分を何様だと思っているのだ。





「愛人サンのくせに色気ないだろ・・・。ここはもう少し験担ぎとか考えろよ・・・」




 家に帰ったら、冷めたおでんを温め直して真っ先に卵を食べてやろう。
南沢はが去った方角と逆の道を歩き始めると、肉まんを思いきり頬張った。






「メトロなんとか食べ物人気者、好きなんだものっ、はぁん」「『はぁん』だけ熟練の技感じますね愛人サン」




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