ミネルバちゃんの羅針盤




 幼なじみクンはいつまで幼なじみぶっているのだ。
あんたがちゃんの幼なじみやってたのは10年前までで、そこから先はイタリアの軟派幼なじみクンの独壇場だったろうが。
いい歳した大人が勝手に人の大事なもん取ってくんじゃねぇ。
不動は宙に釣り上げられた牢の中からわー風丸くぅんと歓声を上げてを振っている女性を見上げ、大きなため息を吐いた。
あれで人妻とは思えない。
何が風丸くぅんだ、風丸クンはあんたの何でもないだろ。
風丸に嫉妬するだけ無駄だし勝ち目がないとわかっていても、一応立場上やきもきして苛立ってもいいと思う。
そもそもなんでこんなとこにまで来てんだよ、さすがの幼なじみクンも大事な幼なじみを牢に入れようとは思ってないと思うんだけど。
不動は牢の中のに手を振り返している風丸を押しのけると、おいと大声で呼ばわった。





「あらあっきー来てたの? はぁいあっきー」
「はぁいじゃないだろ、何やってんだよ」
「何って拉致監禁プレイ? あっきーも昔やろうとしてたじゃん、それと一緒」
「いつの話してんだよ! ・・・その、怖くないのか、大丈夫か?」
「うん平気ー。だって風丸くんが助けてくれるだろうし、あっきーも私助けるためにこんなとこまで来たんでしょ?」
「いや違うけど」
「えっ」




 違うのとぽつりとが尋ねた言葉に、運命を賭けた試合直前の賑わっていたスタジアムがしんと静まり返る。
フィフスセクターの支配下に置かれ元々アウェーだったが、なぜだか味方である円堂や雷門中サッカー部まで敵に回してしまった気がする。
あちこちから注がれる視線が体中に突き刺さる。
違うならなんであっきーはここにいるの?
先程までの威勢の良さはどこへやら、しゅんと沈み込んだ表情で尋ねられ不動は髪を乱暴に掻き毟った。
は1年のうち340日は馬鹿みたいん元気で明るくて本当に馬鹿をやらかすが、残る20日あまりはいつも以上の予期せぬ行動を取る。
不動はこれを勝手に本人には知られないようパンドラデーと呼んでいるが、もれなく今日がパンドラデーだったらしい。
出先でパンドラデーとはついていないにも程がある。
家にいる時にパンドラデーが来ることはむしろいつもよりも気まぐれ甘えたのが可愛らしくなって楽しいのだが、今日だけはやめてほしかった。
こいつらと出くわすとろくなことにならない。
不動は覚悟を決め顔を上げると、不安げな表情のを真っ直ぐ見つめ一息に言い切った。





ちゃんがまたなんかやらかしそうだなって思ってたから先に張り込みしてたんだよ。感謝しろよー」
「ほんとにそうなの? あっきーってばそんなに計画性ある人だったっけ」
「・・・ちゃん、俺のこと好き?」
「だってほんとのことじゃん。誰よ、1年目のお給料のだいぶ使って指輪こさえたの」
「俺の気持ちだよ。10年前に今日みたいな日あったろ。あの時決めたんだよ、俺は次はもっとまともで立派なの渡すって」
「そんなの全然気にしてないのにあっきー馬鹿ねえ。あっきーの本体は指輪じゃなくてあっきーそのものでしょ」





 その証拠にほら、私指輪してないし。
ほら見てと牢の中に同じく入れられているマネージャーに見せていたのか、葵がほんとだと驚愕の声を上げる。
不憫だ、哀れだ、でも少しだけいい気味だ。
触れれば砂となり崩れてしまいそうな不動を、あえて慰めの言葉をかけることなく鬼道は黙って見つめた。
不動は今も人との意思疎通能力に若干の問題があるらしい。
は物ではなく人に靡く。
不動は不動だからこそに選ばれたのだから、もっと自分に自信を持っていいと思う。
が不動のどこに惹かれたのかは未だによくわからないし、わかってしまったらそれはそれで悔しくなるからわからないままで構わない。
しかし選ばれたのは、豪炎寺でもフィディオでも自分でもなく不動だったのだ。
公衆の面前でデレデレとにやける不動は気味悪いし腹も立つ。
ああ見えてをめろめろにさせている不動が羨ましい。
未練はとうに断ち切ったはずなのに、未だに不動を腹立たしく思ってしまう自分自身に鬼道は苦笑いを浮かべた。






「不動、わかっているだろうが1人じゃは助けられないぞ」
「わかってるよ。俺の足引っ張んじゃねぇぞ、鬼道クン」
「引っ張ってがお前を見限るならいつでも引っ張ってやるが」
「おい」
「そうでないなら、俺はの前ではいつまでも紳士でいたい」
「はっ、そういう綺麗事しか言わねぇから鬼道くん駄目だったんだよ」
「・・・・・・」





 見てろよちゃん、こんな奴らすぐに蹴散らしてちゃん連れ去ってやるからよ!
あっきーはさぁ、私のこといつまでもそうやってよんでんの私そろそろ不動ちゃんに変わるのようー?
仲がいいのか悪いのかわからないが、良くても悪くても2人は楽しそうだ。
鬼道はの呼び方について新たに悩み始めそうな不動の背をぽんと叩くと、行くぞと短く声をかけた。






って呼ぶことあるのか?」「そりゃまあ呼ばなきゃちゃん拗ねるし。わざと拗ねさせるけど」




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