あなたのお目目は節穴ですか




 ただのイメージチェンジだと思っていた。
毎日よく見るおさげ姿ではなくカチューシャをしていたのは、毎日ほぼ同じ部位をゴムで縛り頭髪を痛めつけていることへの反省から生まれたイメージチェンジの一環としか思っていなかった。
おさげだろうがポニーテールだろうがカチューシャだろうが、霧野はおそらくはどんな髪型にしてもなんでも似合う。
雨が降っているわけでもないのに常にうねうねとうねっている自身の髪と違い、霧野の髪は何だってできる魔法の髪だ。
神童は今日も今日とて一緒に遊ぶ約束をしていた霧野の待つ砂場へと足を踏み入れた。




「おはよう、霧野」
「え・・・!?」
「今日はいつもと違うから少しびっくりしたよ。でもよく似合ってる」
「え・・・!?」
「あれ、そういえば靴も違う。ふふっ、可愛い」
「・・・や」
「霧野?」




 砂の城を作ることに夢中でずっと下を向いていた霧野の体が小さく震えている。
おかしなことを言ったわけでもないのに、怒ってしまったのか霧野が何も返事をしない。
2人の間での禁句『女の子みたい』は約束をした日からかれこれ2年は使っていないはずなので、今日に限って口にするとは考えられない。
どうしたんだ霧野、お腹が痛いのか、それともどうしたんだ?
親友の突然の異変に慌て霧野の肩に触れた直後、後援中にきゃーっと甲高い悲鳴が迸った。




「きゃーっ! 助けて、助けて蘭丸くん!」
「霧野!?」
「やだっ、来ないで! 助けて蘭丸くんっ、助けっ、ふっ、うっ」






 叫ぶだけ叫ぶ、宥めるべく再び触れようとするとどんと突き飛ばされ砂場に転がる。
霧野が発狂している。
ガキ大将にもプラスチックのスコップ一本で立ち向かい、ひっかき傷をこさえても最終的には体が一回りも大きな相手を伸し勝ち誇った笑みを浮かべる桃色の悪魔が目の前で泣いている。
いったい何がどうなっているのだ。
わんわんと泣き出した霧野を見ていると、こちらの涙腺まで緩んでくる。
あ、だめだ、今日も泣く。
霧野に負けじと泣き始めた神童の耳目に片手を上げながら悠々と砂場に入ってくるおさげ姿の霧野が見えたのは、泣き始めて5分後のことだった。


































 昔に比べると逞しく、そして更に冷やかになったものだ。
神童は隙間風が吹き抜ける程度に離れた机で黙々と宿題に取り組んでいる少女を見つめ、手伝おうかと尋ねた。




「1人でやるより2人でやる方が早く終わるだろう?」
「いらない」
「別に答えを教えるわけじゃないんだ。答えの過程を2人で考えようかって言ってるだけだから」
「拓人さんそのものがいらないからいい」
「・・・俺はさんと一緒の方がい「嘘つかないで」




 ああ、ようやくこちらを見てくれた。
神童はきっと睨みつけてくる愛しの彼女の剣呑な顔を見て、ふっと頬を緩めた。
こちらの気の緩みと反比例して険しくなっていくの表情が面白くて、もっと近くでずっと見ていたくてたまらない。
神童は席を立つと、の傍のソファーに腰を下ろした。





「嘘じゃないって何度言えば信じてくれる?」
「私は拓人さんに会った時からあなたを信用してないの」
さんと霧野を間違えた俺の話なんか聞きたくないって?」
「ええそうね。もう何もしない、私に一生係わらないって約束したはずなのにこうして近くにいるっていう、約束を反故にしてる行為も許せない」
「それは、俺がまださんから許しを得てないからだよ」
「許さないからもう諦めて」
「いいや、諦めない。俺は好きな人に認められるどころか許されないまま生きていたくはないんだ」
「その言葉も信じられないわね。どうせまた言う相手を間違っているんでしょ」
「いいや、これは目の前にいるさんに向かって言っている」
「何にしても答えはノー」




 10年ほど前の見ず知らずの子どもに突然声をかけられ泣かされた日の出来事は、今でも忌々しくも鮮明に覚えている。
自らが蒔いた種だというのに何が悲しいのかわんわんと泣き出した奴を見た時は、こちらの泣く気も失せたというものだ。
あのまま霧野が来てくれなかったら、今頃こうはならなかったかもしれない。
女の子を男の子と間違え泣かせ、更に触れてしまった責任はきちんと取ると奴が本物の霧野蘭丸に宣言しなければ、今日のような望まない関係にはならなかった。
遠い昔の責任を取るという理由だけで、大好きな霧野家及び従弟とのわくわく下宿生活を打ち切られた恨みは大きい。
霧野と同じ学校に通いたくて親元を離れはるばる稲妻町は雷門中まで来たのに、やっと見つけた久し振りだなと死神の宣告をされ神童御殿に連行された怒りも大きい。
あの時言えなかったことをまだ言っていないからと恥じらうように言うのであれば、恥じらっている間にとっとと今すぐ言っていただきたい。
奴は、それほどまでにこちらを霧野の仲を引き裂きたいのだろうか。
は痛いほどに浴びせられる神童の視線から逃れるべく立ち上がると、背を向けたままもう何百回目かもわからない言葉を言い放った。





「私の許しを乞いたいんなら今すぐ私を蘭丸くんのところに帰して。そして二度と私に話しかけないで、係わらないで」
「それはできない。・・・さん、本音と建前って知ってるか?」
「生憎と、私はあなたについてはたとえそれが本音だろうと建前だろうと興味はないの」
「・・・どうすれば持ってくれる?」
「持つことはないでしょうね。だって、私は会った時からあなたが大嫌いだから」





 嫌いと言われ、だからと言って10年間も探し追い続けていた人を今更手放すつもりはない。
神童は宿題を手に大股で部屋を後にしたの背中を見送り、当てつけかただのお気に入りか毎日欠かさずつけているカチューシャ姿に可愛いと呟いた。






「それで、いつ返してくれるんだ?」「俺が彼女とまともに口利けるようになるまで」「神童、借りパクって知ってるか?」




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