狙ったゴールは逃がさない
ひとつ屋根の下に住んでいる綺麗なお姉さんが、機嫌よく鼻歌を歌いながらキッチンに立っている。
匂いから察するに、今日の昼食は前日の余り物を加えた焼き飯だ。
京介くんネギと声をかけられ、黙ってベランダへ出る。
陽の光が燦々と当たる見晴らしの良いベランダには、万能ネギとミニトマトのプランターが所狭しと並んでいる。
剣城は物干し竿に吊るされた綺麗なお姉さんの洗濯物を極力視界に入れないよう背を屈め、適度な量のネギを引きちぎった。
おそらく、世界でいちばん魅力的な無地のTシャツだと思う。
「京介くーん」
「はい、どうぞ」
「ありがと! 今日のお昼は「余り物全部混ぜご飯ですよね」あったり~!ネギ、切ったらフライパンに入れて混ぜといて」
コンロの前を譲られ、言われるがままに調理の最終工程を仕上げる。
次の指示はなんとなくわかっているので、言われるより先に出来立ての料理を皿に盛る。
よし、今日は巧く盛りつけできた。
剣城は2人分の皿をダイニングテーブルに持っていくと、一足先に席についていた綺麗なお姉さんの前に皿を出した。
「ありがとう~! 京介くんどんどん上手になるね」
「さんが教えてくれるので」
「京介くんをサッカーしかできないサッカーバカにはしたくないもん」
「さんとの共同作業と思えばなんだってやりますよ」
「やだ~京介くんってば大袈裟!」
にこにこと笑いながら料理を口に運ぶを見つめる。
事実上フィフスセクターが崩壊した今となっても、はひとつ屋根の下に住む綺麗なお姉さんのままだ。
この部屋の権利については元聖帝こと豪炎寺も理解していなかったが、どうやらマンション自体が黒木の所有物だったらしい。
フィフスセクターという組織に幹部として身を置き粉骨砕身働いていたその真の姿が、不労所得で生きるブルジョワだったとは。
だが言われてみれば様々な辻褄が合うような、納得できるような。
が必要経費と謳いながら事あるごとに送りつけていた領収証と請求書は、すべて黒木のポケットマネーで精算されていたのだろう。
「で、引っ越しの話なんだけど」
「俺はこのままでいいです」
「そういうわけにもいかないでしょ。だってこのままだと私、黒木パパに囲われっぱなしじゃん」
「その呼び方はやめろって鬼道監督と豪炎寺さんに言われてましたよね?」
「でもほんとのことじゃん。一応あの人からここ借り直すってのも考えたんだけど、そんなことしなくても部屋は余ってるし」
「じゃあ俺も一緒に引っ越します」
「鬼道邸に?」
「・・・そこにさんがいるなら」
「京介くん私のこと好きすぎない? 最初の頃はあーんなに愛想悪いくそガキだったのに、私ってば子育て上手すぎない?」
「俺は子どもじゃありません」
「子どもだよ?」
も日本でそれなりの期間過ごすようになってから、少しずつ日本語が堪能になったようだ。
以前まではこちらの問いかけにはおよそ答えと呼べない回答もどきを投げ返していたのに、中学生と日常会話するには問題ないレベルまで復活してしまった。
確かに中学生は子どもだ。
身長を伸ばしても大人びた所作を試みても、子どもは子どものままだ。
だがまだ諦めてはいない。
子どもはいつまでも子どもではないし、他の誰よりもと一緒にいる時間のアドバンテージはある。
こちらがを手放しさえしなければ、は傍から離れない。
このままずるずると高校卒業まで同棲生活を続けるつもりだ。
「私が親だったら、多感な時期の子どもを見ず知らずの超絶美人の家に預けとくのはどうかなって思うわけ。ほら、京介くん多感でしょ?」
「はい」
「でしょ〜。仮に京介くんがどうかしても捕まるのは私でね」
「もしかして警戒してるんですか」
「まあまあ」
「そうですか・・・」
「怒った?」
「いや、意識されてはいるんだと知って嬉しいくらいです」
「京介くん、今もたまぁにくそガキだった頃の笑い方するよね」
中学生にどうこうされる様じゃないけどねと、聞く人によっては合図としか思えない失言を残してが立ち上がる。
話している間もしっかりと食べ進めていたらしく、の皿は空っぽだ。
残りの料理を食べ進めた剣城は、食後のデザートを準備しようとしているの隣に並びじっと横顔を見つめた。
健康的な生活を送っているおかげで身長はぐんぐん伸び、背丈だけはに追いついた。
いつだったか掴んだ腕は華奢で、そのまま引っ張れば全身で受け止めることもできると思う。
それもこれも基礎体力が一番と宣言し、せっせと体幹トレーニングを課したの指導の賜物だ。
彼女は本人が知らないうちに、ひとつ屋根の下に住む多感な年頃の男子中学生を鍛え上げているのだ。
数年後、自分が育てた男にどうこうされるとも知らずに。
「京介くん、さすがにそんなに見られると照れちゃう」
「照れさせたかったので俺の作戦勝ちですね」
「こんなとこでゲームメークされてもねえ・・・。マジで鬼道邸に夜逃げしようかな」
「というか、俺の名前も呼び間違えてたんなら俺も鬼道監督と同じことをしてもいいんじゃないですか? 何でしたっけ、プロポーズ」
「だーめ! そういうのは私の古傷と最近できたばっかの傷口抉るから言っちゃだめ!」
プロポーズされることが嫌なわけではないらしい。
剣城は真っ赤な顔で黒歴史の開闢を拒絶するに、可愛いですねと囁いた。
「ということがあって遠回しにプロポーズされたんだよね」「笑い話ではないんだが」