鬼道は試合直前まで念入りにフィールド周辺をチェックしていた。
正々堂々と勝負をしたかった。
もう影山の悪質な策略に振り回されたくなかった。
芝も確認し、雷門中のロッカーも確認し、通路も確認した。
おかしなところがどこにもないのが気になった。
それに、影山の言葉にも引っかかる。
「お兄ちゃん! ・・・何を企んでるの、どうしてそんな事をするの!?」
「・・・・・・」
実の妹に疑われるのも当然だった。
雷門イレブンにとって今の自分の行動は不審としか思われない。
悪事の最終チェックをしているとでも思っているのだろう。
それでも構わなかった。
今の鬼道の目的は自らの潔白を晴らすことではなく、影山の策略を防ぐことだった。
他人と言われたのにはさすがに傷ついたが、そう思われてもなおやり通さなければならない仕事だった。
(どこにいる・・・。何を企んでいる、あの人は・・・!)
鬼道は、雷門中サッカー部に響木ではない他の司令塔がいることを知らなかった。
影山の口ぶりからしても、マネージャーたちではなさそうだった。
影山本人が手を下すほどに優れた戦術眼を持った女性なのだろうか、フィールドの女神と呼ばれたその人は。
土門も知らない、あるいは教えてこなかった、よほど秘匿しておきたい人物なのだろうか。
興味はあった。
天才ゲームメーカーと人々から賞賛される自分ほどの力を持つ相手なら、ぜひフィールド上で戦いたかった。
だが、それが誰なのかわからない。
いつかやりたい頭脳戦のためにも危険な目には遭わせたくないのに、守るべき人物を特定できない。
探している間にも試合開始の時間は迫ってくる。
結局何もわからなかった。
フィールドの女神とやらは無事でいるのだろうか。
雷門のベンチを見渡しても、それらしき人物は見当たらない。
フィールド上で円堂たちと相対し、握手を交わす。
試合開始のホイッスルがなる直前、誰かがフィールドに飛び込んできた。
審判に出なさいと促されてもちょっと待ってねと適当にあしらっている少女に、鬼道は見覚えがあった。
あの顔は、あの姿は、あの声は。
ぽかんと口を開けている雷門イレブンの前に立ちはだかっている人物は、自分をオニミチくんと呼ばわる名前も知らないあの子だった。
「・・・何やってんだ」
「半田は黙ってなさい! 今すぐフィールドから離れて! 天井が降ってくるの!」
「君、早く戻りなさい!」
「うるさい審判! こっちは人の命懸かってんの、お願い、今日だけ私の言うこと聞い・・・」
がらんと天井から金属音が聞こえ、の声が遮られる。
不意に現れた不規則な影を不思議に思い、は天井を見上げた。
ほら、私が言ったとおり天井が降ってきた。
逃げなければいけないとわかっていても、足が思うように動かない。
ああでも大丈夫、円堂くんや修也たちは安全なところにいるみたい。
倒れてしまったのか何かにぶつかったのか、体が前のめりに倒れ体中が熱くなる。
なるほど、人は死ぬ直前になると心臓が最期のエンジンフル稼働をするのか。
「あー・・・、たぶん私の遠いご先祖か前世だった聖母マリアが見えるや・・・」
「!」
「・・・あれ? あんまり痛くない。天国だから当たり前か・・・」
「、!」
いつの間にか閉じられていた目をゆっくりと開けると、黄色が視界いっぱいに広がる。
これは何の黄色だろう。
ぺたぺたと触ってみると、所々ごつごつとしている。
ああ、これは人の体、しかも相当鍛えている男性の体だ。
は顔を上げ、肉体の持ち主を確認した。
「あれ? 私なんで修也にハグされてんの? 鉄骨に生き埋めになるんじゃなかったっけ、私」
「・・・鬼道が」
「キドウくん? 誰それ」
は妙に痛む脇腹を押さえながら後ろを振り返った。
足元にはサッカーボールが転がっていて、ローファーが片方だけ鉄骨の下敷きになっている。
はちらりと自分の足を見下ろした。
見事に靴が片方だけ脱げている。
あのままあそこに突っ立っていたら死んでいたということか。
なぜ死なずに済んだのかまだよくわからないが、何かがあって豪炎寺の胸までダイブしたのだろう。
何はともあれ、死ななくて良かった。
「あっ、修也どこも怪我してない!? 足とか捻ってない、平気!? みんなも大丈夫ー?」
「こそなんともないのか」
「ちょっとだけ背中とか腰とかそこらへんが痛いけど大丈夫大丈夫。あーびっくりした、死ぬかと思った」
靴新しいの買ってもらおうっと。
鉄骨が降ってきたことも死にかけたこともさして気にしていないような口調でベンチへと向かうを、豪炎寺は無言で見つめた。
フィールドにが乱入してきた時は何事かと思った。
長く付き合っていても理解不能なところが未だにあるだったが、遂に気まで狂ったのかと逆に心配になった。
挙句の果てに天井が降ってくる宣言である。
審判の言うことも聞かず、最後は懇願になったの頭上に鉄骨が落ちてきた時は、夕香の交通事故と同じくらいに戦慄した。
事態が飲み込めていないのか、ぼうっと天井を見つめているを何もできず見つめていた。
このままではが死んでしまう。
わかっているのに助けられない。
豪炎寺の金縛りが解けたのは、鬼道が呆然としているに強烈なシュートをぶち当てた時だった。
試合でシュートを防ぐことができなかったキーパーのように軽々と吹き飛ぶを抱き止める。
豪炎寺ができたのはそれだけだった。
の命を救ったのは鬼道。
豪炎寺は、それをに伝えることができなかった。
「ちゃん大丈夫!? どこも怪我とかしてない!?」
「うんうん平気。なんかショッキングな光景見せちゃってごめんねー」
「影山に何かされなかったか?」
「影山? うーん、長髪サングラスのロリコン親父には会ったんですけど、影山って人は見てないと思います」
「・・・それを影山というんだ」
「え、そうなんですか!?」
「・・・あなたって本当に幸せ者っていうかなんていうか・・・」
とにかく無事で良かったわさん。
は夏未の言葉に、ほんとそうだよねーといつものお気楽な発言で同調した。

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