神々の標本




 ちょっとアフロと腹立たしげな声とともに背後から後頭部を叩かれ、小さくため息をつき襲撃犯を振り返る。
アフロじゃなくてアフロディだと訂正を求めるが、あんたの名前は亜風炉だからアフロでしょと突き放される。
確かにこちらは亜風炉姓だからアフロなのだが、アフロといえばもじゃもじゃをイメージして実物とそぐわないのでアフロディと呼ぶように周囲には強いている。
彼女は人の話を聞く気はあるのだろうか。
アフロディこと亜風炉照美は、知り合って10年ほど経った今でも数えるほどしか願いを叶えてくれたことがない幼なじみを恨めしげに見つめた。





「いいかい、僕はみんなにアフロディって呼ばれているしそう呼んでほしいんだ。もちろん、にだってそう呼んでほしいよ?」
「私がアフロを何て呼ぼうとアフロがアフロってわかれば何だっていいでしょ。そもそもアフロディテって女神だし、アフロいつ男やめたの」
「やめてないよ。僕は女神ではなくて、美というところに共通点を見出したんだ。だって僕が美しいとは認めてるじゃないか」
「私は素直ないい子でもって、美的センスわかってるから」





 素の性格が捻くれている知り合いを持つと苦労する。
苦労するくらいなら相手をしなければいいとサッカー部の仲間たちは言うが、すっぱりと別れられるならば苦労していない。
ストッパー役の自分がいてもこの有り様のを野放しにできるほど、神は非情ではない。
迷える子羊を正しい道へ導くのが神の務めだというのであれば、確実に人生という名の道を迷走しているをまっとうな人間の道へ進ませるのが神たる自身に課せられた使命なのだろう。
アフロディはむうと眉根を寄せそっぽを向いているの頬にそっと手を這わせると、と囁くように呼びかけた。




「素直な捻くれ屋さんで、神と称される僕が神と認めた可愛くて憎たらしい
「可愛い以外全部余計な修飾語」
「アフロディテは愛の神。僕はのそういうところも大好きだよ」
「・・・愛の神様はどうせ誰でも彼でも、見るからにあっやしいおじさんにもそう言ってでれっでれして媚び売ってんでしょ」
「それは誤解だよ。それよりも、どうしてが総帥のことを・・・?」
「それはね、アフロが私のこと大好きで私から離れられないからだよ。お生憎様、私は神様に愛を貢ぐほど信心深くないから」





 本当に私のこと好きなら、同じ愛でもはた迷惑な愛は持ち込んでこないで。
頬に添えられた手を邪険に払い除け遠ざかっていくの背中をぼんやりと見送る。
の捨て台詞と共に浮かべられたほんの少し悲しそうな顔が、いつまでもアフロディの脳裏に焼きついて離れなかった。






























 アフロを好き勝手弄び、困らせる特権を他人に譲ったり貸した覚えはない。
弄べないほどに強くなり、人を捨てたアフロはアフロではない。
あのグラサン親父、人の大事なお人形さんに何をしてくれた。
はアフロを本物の神にしようと企てているすべての元凶を鋭い目で睨みつけると、余計なことしないでと言い放った。





「私のおもちゃに勝手に触んないでくれる? 変な水ぶちまけられて汚れたらどうしてくれんの」
「神のアクアを欲したのは彼らだ。大切な友が強くなり、日本一になる。嬉しくないのか?」
「ぜーんぜん? 私、強いアフロなんかもらったっていらないもん」
「哀れな子だ、人の成長を認めないとは」
「哀れ? 強くなって自分の手元離れてったら元も子もないでしょ。自分とこから出ていけない程度に羽根もいどかないと、大事なもんはすぐどっか行っちゃうのよ。
 あんた、自分が手塩にかけて育てた帝国の子が逃げてったから私のアフロに目ぇつけたんでしょ? 残念でした、あれは10年前から私のよ」
「翼を持つのは彼だけではない。天に住まう者に枷をつけ地上に引きずり下ろせば、翼が広がることはない」
「それが私って言いたいわけ? ・・・ほんと腹立つ、あのアフロ身の丈弁えないで私以外の奴にもでれっでれして」





 そうやって愛の安売りばっかりしてるから、あんたの大好きな可愛くて憎たらしい素直で捻くれ屋の女神様が人質にされんのよ。
はグラウンドへ向かうアフロディの神々しい背中に向かって、大きな声で飛んでと叫んだ。






地面に繋がれてる私が見えなくなるくらいまで高くまで飛んで




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