フローラの愛し子たち




 きゃっきゃとはしゃぐ華やかな声がグランドから聞こえる。
ハードな練習を終えたばかりで誰もが体力の限界に達しているというのに、まだ練習を続けようとしている者がいるのか。
なんという元気の塊だ、分けてほしい。
自室から外を見やった風丸は、グラウンドの真ん中でリフティングやパスに興じているマネージャー陣を見つけ頬を緩めた。
予想以上に巧みにボールを操る秋に比べると、赤子だと思ってしまうような覚束なさで美波がリフティングをしている、
誰に習ったのだろうか。
いつも風丸くん風丸くんハグハグと近寄ってくるが、サッカーを教えてたことはないから自分ではない。
豪炎寺に弱みを見せたがらない美波が彼に教えを乞うとは考えられないし、鬼道が教えたのだとしたら春奈のようにもっと彼の色が出ている。
美波のボール捌きは、可愛らしいが華がない。
変な癖がない。
可愛いからいいしそれだけで充分魅力的で満足できるのだが、強いて言えばもう少し特徴が欲しい。
誰だ、美波になんともぱっとしないサッカーを教えたのは。
ぱっとしないと呟き、風丸ははっとした。
いるではないか、口癖のようにぱっとしないと言われ続けている雷門中サッカー部のチームメイトが。
なるほど、彼だったら美波に味気ないサッカーを教えそうだ。
一時期彼を先生と呼んでいた時期もあったし、彼がサッカーの先生だとすれば美波のリフティング技術にも納得できる。
たどたどしくて可愛らしいが、やはり美波には少々華が欠けるぱっとしないプレイだ。
もったいない、これでは美波の魅力が6割ほどしか発揮されない。
そうだ、俺も葉山に何か教えてみようかな。
何を教えようか、分身ディフェンスはもう教えたから今度は風神の舞でも教えてみようか。
それがいい、あれは美波も習得を手伝ってくれたから覚えるのも早いはずだ。
風丸は窓を開けると、大きな声で美波の名を呼び手を振った。




































 いつものゆるゆる適当ジャージーウェアとはさよならして、動きやすさを最大限重視した機能的ファッションにチェンジする。
先生を変える日がきた。
どこもかしこもぱっとしない癖に、こちらよりも少しだけサッカーができるという優位性をこれでもかというほどに利用しふんぞり返っていた低クオリティ教師には、エアメールで退学届を送りつけよう。
今日から先生は風丸だ。
美波は風丸とお揃いのポニーテールに髪をまとめると、ふんふんと上機嫌で部屋を飛び出た。
既にグラウンドに出ていた風丸におはようと声をかけ抱きつくと、風丸もおはようと答えぎゅっと抱き返してくれる。
今日の俺はちょっと厳しいぞと冗談とめかして言う、ややSっ気のある風丸にきゅんとときめく。
優しい風丸も大好きだが、意地悪な風丸もどんとこいだ。
風丸以外の輩に意地悪をされるとイラッとしかしないが、風丸にならば怒られても構わない。
美波は風丸に倣いせっせと準備体操をすると、風丸をじっと見つめた。
いったい何の技を教えてくれるのだろうか。
分身ディフェンス以外でできそうな技はあるのだろうか。
サッカーはできないに等しいが、風丸は無用な買い被りなどしていないだろうか。
風神の舞をしようと言い渡された美波は、そのあまりの難易度の高さに思わず無理と即答した。





「風丸くん、私ジャンプっていうか空とか飛べない!」
葉山だって手伝ってくれたからわかるだろ、あれは飛ぶんじゃなくて舞うんだって」
「じゃあじゃあ、あんなにぐるぐる速く走れない! 私超か弱い帰宅部!」
「足は遅くはないと思うけどな。だって葉山は俺のところに来るときはすごく速いし、久遠さんから逃げる時なんかすごいぞ」
「あれはイレギュラーだからだよ! ねえ風丸くん、もちょっと簡単なのがいい」
「慣れれば簡単だけどなあ、風神の舞。竜巻落としの方が危ないと思ったからこっちにしたんだけど」





 対象物の周りをぐるぐる回ってるうちに体が浮くから、後は浮くに任せるだけだと事もなげに言い放つ風丸に美波はぶんぶんと首を横に振った。
相手が風丸だとわかっているが、この人の考えおかしいんじゃないかと思わずにはいられない。
まず、人は浮かない。
いかに自他ともに認めるマジ天使だろうと、生物学上は霊長類ヒト科のれっきとしたホモ・サピエンスな人間なので羽根は生えない。
せめて翼があれば、風神ならぬ天使の舞が完成するのに。
翼と思い、美波はばっと携帯電話を取りに走った。
風丸に一言言って、おもむろに発信ボタンを押す。
もしもしと眠たそうなくぐもった声が聞こえ、美波は早速口を開いた。





「もしもしハロー南雲くん?」
「・・・・・・え? 異邦人?」
「バーン!くん、バーン!くんに用はないからアフロ出して」
「・・・いやいや、なに、俺に電話するってことはその、俺に用が「ない」即答やめろよ!」
「とにかくアフロ出してよ南雲くん、いないんならアフロとは似ても似つかないこっちの金髪イケメンに訊くから南雲くんますます用なし」
「おいアフロディてめぇ涎垂らしてねぇで早く起きやがれ、俺を少しは立てろ!」





 電話の向こうがにわかに騒がしくなり、美波は電話を耳から遠ざけた。
どたんばたんごおっと、朝っぱらから賑やかなことだ。
何だい南雲くんやめてっ、なにすっ、ああっと聞きたくもないアフロディのあられもない声が聞こえてくる。
何をやっているのだ、向こうは。
大ではないが、中の男が布団の上で組み合って暑苦しくてむさ苦しい。
待つこと5分後、もしもしと息も絶え絶えなアフロディの声が電話口から聞こえてきた。





「ああ、アフロ?」
「珍しいね、君が僕に用があるなんて・・・。さては今までの非礼の数々をようやく詫びる気になったとか」
「非礼してきたのはそっちでしょ、何言ってんの? アフロ、私に羽根出す方法をわかりやすく2,3分で教えて」
「おや? 君、出せないの? 自称天使で他称女神なのに、彼らの証たる翼を出せない?」
「・・・なぁにその言い方、すっごくイラッとする」
「僕はすぐに出せたけどね、なんといっても僕は神だから」
「アフロ、私のアイアンロッドで翼の折れたエンジェルにしたげよっか」





 教えを乞う相手を間違えた。
キチガイに頼ろうとしたこちらが浅はかだった。
美波はまだ何やかやと騒いでる南雲たちとの通話を一方的に切ると、風丸へと向き直った。





「どうだった?」
「大人しくぐるぐる回ります。でもって、アフロから羽根毟り取るまで舞う」
「その意気だ、きっと上手になるぞ葉山!」





 まずは走り込みだと笑顔で言われ、風丸の後ろをてれてれと走り出す。
駄目だ、3周したところで足が動かなくなった。
昔は2周でダウンしていたのだが、風丸がいるから頑張って3周走ることができた。
だが3周以上は無理だ、足が悲鳴を上げている。
地面にへたり込み疲れたようと声を上げると、遥か前方を息も切らさず走っていた風丸が心配顔で駆け戻ってくる。
いきなり10周は無理だったかなと言われ頭を撫でられ、美波はこくんと頷いた。
10周も走らされようとしていたとは思わなかった。
初心者に10周はハードだ、ダイヤモンド並みのお堅い条件設定だ。
どうやら風丸は本気で風神の舞を覚えさせたいらしい。
風丸には悪いが、リフティングも特にできない我が身に必殺技は到達不可能な領域だ。
伊達に豪炎寺の必殺技の特訓に付き合っていたわけではないので、習得への道のりがいかに難しいかはわかっているつもりだ。
1日や半日そこらで覚えられるほど、世の中甘くない。
できないようと早々に白旗を上げた美波を、風丸は困った顔で見下ろした。





「きついか、葉山?」
「うん、きつい。そもそも私は風とか出せない、出せてもきらきらエフェクトとか華やかさで」
「じゃあ、風の代わりに花でも出すか? 昔見たことがあるんだ、花吹雪っていって、花を出して視界を遮るキーパー技」
「それ良さそう! ぐるぐる飛び跳ねながら花出すなら私にもできそう!」
「だったらやっぱりまずは走り込みだな。ほら葉山、後ろに久遠さんがいるよ」
「きゃあああ来ないでやめてきゃあああ!」





 久遠さん、葉山に何をやったら逃げられるようなことになったんだろう。
まあいいか、葉山は彼女の名前を出せば頑張って走るってわかったし。
きゃあああ助けて風丸くんと4周走り帰ってきた美波の体を抱き留めた風丸は、自身と美波から風と花が放出されている技の初動を感じた。






「ボールに向かって突進して風丸くんと手を取ったら花がぶわあ! どうどう!?」「発動まで相手は待ってくれないぞ・・・」




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