計測不可能ディスタンス




 ぽーんとそこそこ綺麗な弧を描いて飛来したサッカーボールを、なんとか受け止め必死の思いでパスを返す。
相変わらずの下手くそだなと笑い交じりに貶され、むうと眉をしかめる。
下手だとはわかっているが、下手に教えて何が楽しいのだ。
人の弱点を突きここぞとばかりに責め立てるドS鬼畜予備軍の半田に、は必要以上の力を籠めてボールを蹴り返した。
余計な力が込められたボールは半田の頭上遥か高くを飛び越え、無人のゴールへころころと転がる。
シュートを決めてしまった。
現役サッカー部員から1点を奪ってしまった。
やったあざまあ見ろと歓喜の声を上げると、ボールを取りに行っていた半田がゴール前でアホかと叫ぶ。
アホとはなんだ、すげーの間違いだろう。
日本語もろくに使えないとは、半田の対人コミュニケーション能力が心配だ。
グローバル化が声高に叫ばれている昨今、母国語すらわかっていない半田はこれからはたして生きていけるのだろうか。
はボールを抱き戻ってきた半田にどうよと胸を張った。





「今のシュート、必殺技にしようと思う」
「いや、今のはただのノーコンだろ。パス練やってて頓珍漢な方向に蹴っただけだから、お前ほんと下手だな!」
「下手から上手にランクアップしないのは先生の教え方が悪いからでしょー。なぁにが俺が教えてやるう? イケメンになって出直してらっしゃい」
、お前口と顔だけだな! もっと足を動かせ! 突っ立っててもボールは来ねぇんだぞ!?」
「いいや来る。今までの試合観てた感じじゃここって思った場所にぴったりパス通ってたから、私も突っ立ってればいい」
「いい意味でも悪い意味でも口だけかよ・・・。何だよその無駄なゲームメーク、みたいな奴についてる才能じゃもったいない」
「ほう? もっぺん喰らえマイ必殺シュートぉう!?」





 勢い良く足を振り上げたは、ボールめがけて足を下ろした。
ボールにジャストミートさせるべく落とした足はボールのわずかに横を掠り、勢い余って体が後ろに倒れる。
うわあ何やってんだと半田が叫ぶ声が聞こえたかと思うと、視界から半田が消える。
おのれ半田め、きっと先程ボールを手に取った時に細工をしたに違いない。
初心者で、しかも可愛いマジ天使で目に入れても痛くないどころか安らぎを覚える教え子に非道なことをするとは許せない。
今に見ていろ、すぐに必殺技を覚えて半田に復讐のジャッジメントを下してやる。
は足にわずかに触れたボールを思い切り蹴飛ばした。
畜生、ここで転んだらあの不出来極まりない先生は絶対に笑う。
半田の馬鹿、必殺技なんか使えないくせに先生とか見栄張りすぎと悔し紛れに叫ぶ。
背中にふわりと腕を回され、の顔に自分のものではない茶髪がかかった。





「ん? んん?」
「あのなあ・・・」
「なぁに?」
「転びかけた自分を助けてやった奴にどんな暴言吐いてんだ!? 必殺技の特訓マックスとしてるって知ってるだろ!?」
「半田」
「あと、強く蹴りすぎ勢いつけすぎ。軽く蹴ってもちゃんと飛ぶからもっと力抑えろ」
「半田、近い」
「文句の前にまず言うことは?」
「半田、とんでもなく可愛い私に唾つけときたくなる気持ちはわかんないでもないけど、マジで唾かかりそうなくらい近くて邪魔」
「・・・・・・、口さえ開かなきゃほんと・・・。あちこちもったいないぞ」





 どんな体勢で何を言っているのだ、この男は。
こちらが可愛いのは世界どころか宇宙の常識なので見惚れるのは当たり前だが、さすがに近すぎて調子が狂う。
はっ、まさかこの男、禁断の教師生徒プレイに目覚めたのか。
やめて先生、私たちこんなことやってちゃいけない仲なんですとか言ってみるべきだろうか。
はて、いったいどこでこんな台詞を覚えたのだろうか。
早熟な幼なじみの家で知ったのだとしたら、次に彼の家に行く時にそれらAVは焼却処分だ。
は、よほど美少女に飢えているのかまじまじと興味深くこちらを観察してくる半田から不意を目を逸らした。
片腕1本で支えてもらっている背中がむずむずしてきた。





「半田」
「何だ?」
「サッカーやろうぜ?」
「・・・あ、もしかして
「してない」
「まだ何も言ってねぇよ。もしかして、フツメンの俺にドキドキして「ない」
「してる」
「してない」
「してるって言え」
「したくない」
「してない」
「してる・・・わけない半田しつこい!」




 にやにやと笑っている半田に見つめられると、背中どころか全身までもがむずむずしてくる。
半田の分際で人を翻弄するとは、いつから半田はこんなに偉くなったのだ。
言っても離れない半田の顔へ手を伸ばし、多少歪んでも世界の損失には計上されないフツメンの顔を容赦なく引っ張る。
やめろ地味に痛い抓るな落とすぞとさりげなく脅しをかけてくる半田に、やれるものならやってみろと応酬する。
半田は所詮半田だ、本当に落とせるわけがない。
たちまちのうちに形勢逆転された半田は、自棄くそとばかりにの背中を抱く手に力を籠めた。





「どうせ俺のことだから落とせるわけないとか思ってんだろ、その通りだよ。だったらずっと、がギブアップするまでこうしてようじゃん!」
「半田しつこい! しつこい男は嫌われるから彼女の1人や2人できないんだ!」
「言ってろ。さぁて、先生は早く練習再開したいんだけどさんはどうかな?」





 フツメンが化けた。
うっすらと口元に笑みを浮かべる半田が怖い。
違う意味でギブアップしそうな自分がいる。
まずい、これはまずい。
完全勝利を確信し、勝ち誇った笑みへと笑顔チェンジを図ろうとした半田の頭にサッカーボールが直撃したのはその時だった。
突然の襲撃に、半田があっさりと手を放し頭を抱え地面に座り込む。
は半田から3歩ほど離れると、調子を取り戻すべくいつもよりやや大きな声を上げた。





「・・・み、見たか私の必殺シュート!」
「・・・このノーコン! 俺はゴールじゃねぇ!」
「イラッとした相手にはシュートぶつけていいって修也言ってるもん。さっきの半田超イラッとした、だから私悪くない!」
「どんな論理振りかざしてんだ、ここはお前の独裁国家じゃないんだぞ!? 教える気失せるよ、もう喋るなこの顔だけ!」
「顔も中身もぱっとしない半田に言われたくないですう―!」






 退学処分だ、そのシュートシュートじゃねぇし必殺技でもないからな!
可愛くも大人げもなく捨て台詞を残しグラウンドを後にした半田を見送ると、は一人きりになったグラウンドにぽつんと置かれたサッカーボールを手に取った。
ぎこちない動作でボールを操り、無人のゴールへ蹴り込む。
今日のところは退学処分になって良かったと思う。
減らず口しか叩かない半田だが、たまに不意にイケメンに見えてくるから困ったものだ。
近すぎたのだ、あれは。
距離感がわかっていないノーコンは半田の方だ。
先生のバーカ。
はぽそんと呟くと、ボールが直撃した拍子に半田の額とぶつかった己が額へそっと手をやった。






(あの目は魔性の目か、一度見たら離れらんねぇの)




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