やがてフリッグロッドへ
とても可愛い女の子を見つけた。
赤いリボンがよく映える帽子を被り商店を覗いている東洋人の女の子だ。
店主と一言二言言葉を交わしては試食のお菓子をつまみ、美味しそうに頬を緩めている。
可愛い女の子だな、ナンパしないと失礼だ。
お菓子を選ぶことに夢中になっている少女にそっと近付き、声をかける。
体がぴくりと動き顔がこちらへと向けられる。
ショーウィンドウに映った姿よりも、直に見た方が数倍可愛らしい。
胡乱げな目でこちらを見上げてくる少女ににっこりと笑いかける。
笑顔を見た瞬間、警戒していた相手の目が少しだけ柔らかさを帯びる。
女の子はみんなイケメンが好きだ。
イケメンがちょっと笑って話しかけて落ちない女の子はいない。
イケメンは国境を越えるのだ。
「お菓子の家に迷い込んだグレーテルかな、君は」
「ねえちょっとそこ退いて」
「大丈夫、俺は悪い魔女じゃない。そんなに甘いお菓子が好きならどうだろう、あっちで一緒にお茶でも」
「おーい」
「ん? 俺はここにいるよ、君の綺麗な声はちゃんと俺の胸に届いてい「何やってるの、君」
背後からぽんと肩を叩かれ、ぎりぎりと肩をつかむ手に力が籠められる。
彼女に何やってるのと尋ねてくる声には凄味とわずかばかりの殺気が感じられ、これ以上のナンパはできそうにないと悟る。
フィーくんこんにちはと嬉しげに声を上げる目の前の女の子をはっとして見下ろす。
まさかこの子、例のあれか。
我らがオルフェウスの天才ストライカーがインタビューの時に欠かさず口にしている流星の想い人か。
「フィディオの・・・・・・あれ・・・?」
「えっ、最近のナンパ師はナンパ対象の身元までリサーチ済み? さすがイタリア、女の子に対して容赦ない」
「そうだよちゃん、だからちゃんみたいな可愛くて魅力的な女の子は特に気を付けないと」
ナンパ師を押しのけ目の前へやってきたフィディオに手を握られ、はわあと小さく声を上げた。
ナンパ師から救ってくれるとは、フィディオは前世は騎士か王子様だったに違いない。
フィディオの前世がそのどちらかだとしたら、こちらはお姫様で決まりだ。
フィディオに手を引かれ、引きつった笑みのまま固まっているナンパ師の横をすり抜ける。
オルフェウスのジャージーを着ていたが、選手と間違えて紛らわしいことこの上ない。
見る目はさすがだけど身の丈には合わないよ。
すれ違いざまにフィディオに言われた言葉が怖くて衝撃的で今でも冷や汗が全身を伝っているジャンルカは、仲睦まじくデートへと向かうらしいチームメイトとその幼なじみを見送ると
不意なる悪寒に一人寂しく腕をさすった。
口寂しくてお菓子を買い漁っていたのかと思いお茶に誘うが、いらないと却下される。
めげずにお買い物に行こうかと提案すると、どうせ着ないからいらないとこれまた却下される。
立て続けに渾身のデートプランを蹴り飛ばされショックを隠し切れない。
離れていた期間が長かったからの望むものがわからないというハンデもあるが、1つも掠りもしないとなると気持ちが奮い立たない。
ちゃん、ちょっぴりスパイシーな女の子になったんだなあ。
ただひたすらうんうんと言うことを聞く女の子も楽しくないから、少しくらい反抗してこちらを裏切る小悪魔的性格にときめきを隠せない。
さすがはちゃんだ、俺を惹きつけてやまない。
お土産の袋をふらふらと振りながら歩いていたは、フィーくんと呼ぶと隣を歩いていたフィディオへと向き直った。
「お茶もお買い物もいいけど、サッカーが見たいな」
「サッカー? 俺はそれでいいけどでも、ちゃんは退屈しない?」
「私、フィーくんのオーディンソードすっごく近くで見たいの。ほら、予選リーグじゃフィーくん手抜きしてたのかあんまり必殺技使わなかったでしょ。それで勝っちゃうオルフェウスすごいけど」
「ああ・・・。FWにはラファエレがいるから。よく見てるんだね」
「だって決勝でまた戦うんでしょ? だったら次は勝たないとトロフィーもらえないじゃん」
どうせ残るんなら優勝しないとと宣言するに苦笑する。
ここまであからさまに敵情視察したいと言われ、はいそうですかと披露すると思っているのか。
フィディオがに類稀なゲームメーク力があることを知っていた。
仮にこちらが完璧なオーディンソードを見せたとしても、はもしかしたら隙を見つけてくるかもしれない。
いかにが可愛い可愛い幼なじみで想い人だろうと、チームを売ることはできない。
駄目とに迫られたフィディオは、いいよと即答した。
人間なんて所詮こんなものだ。
イナズマジャパンの日本での幼なじみ豪炎寺にべったりながこちらに興味を示してくれたのだ。
の視線を常に浴びていたいと願っている自分が今日のチャンスをふいにするわけがない。
フィディオは近くのサッカーコートに入るとボールをぽーんと蹴った。
魔方陣かっこいいとが無邪気な歓声を上げる。
一緒に読んだ本にオーディンいたよねと声をかけられ嬉しくなる。
覚えてくれていたのか。
名前は忘れられていたのに断片的な記憶だけは残っているのか。
懐かしいなあと呟くと、は地面に円を描き始めた。
「内容あんまり覚えてないけど初めてオーディンソード見た時はどきっとしたもんなー。日本にいた時夏休みの英語の宿題で北欧神話出たことあったけど、あれだけは完璧だったんだよ」
「ちゃん頭いいんだ」
「修也のスパルタ指導のおかげ。スパルタ悔しかったから、私も修也のサッカーに超スパルタで発破かけて鬱憤晴らしたけど」
「・・・それすら羨ましいよ、俺は」
「スパルタが? フィーくん苛められるの好きなの? 変だよその趣味やめた方がいい」
「違うよ。・・・スパルタだろうが何だろうが、彼はちゃんと一緒にいたんだろう? 俺もちゃんに励まされながらこれ覚えたかったな」
「ああそっち。んー、うーん・・・、じゃあフィーくんオーディンソード私に教える?」
「えっ、ちゃんサッカーできるの!?」
幼い時は意地でもボールを蹴らなかったが、サッカーができるようになっていたとは思いもしなかった。
しかし、サッカーができるとなるとのゲームメーク力にも納得できる。
はふふんと自慢げに笑うとぱちんと手を叩いた。
どうしよう、ちゃんに殺される。
急に3体に分裂したにフィディオはくらくらした。
分身ディフェンスの本体を見破る術はわかっているのに、目の前に3人に大いに惑わされている。
すぐに元に戻ったは、どうどうと楽しげにフィディオの顔を覗き込んだ。
「風丸くんに教えてもらったんだ! 私が3人もいて可愛さ3倍お得でしょ?」
「風丸ってちゃんが抱きついてたポニーテールの選手だよね。俺は彼にお礼を言いたい」
「風丸くんマジで超いい人なんだよ! いつもぎゅってしてくるし撫で撫でしてくれるし超かっこよくてねー!」
「すごいよちゃん、ディフェンス技に殺されるって思ったのは生まれて初めてだった。できれば3人とも欲しいくらいだ」
他に何かできることあるのと尋ねられ、は勢い良く首を横に振った。
もう一度ないのと尋ねると、これでおしまいだよと満面の笑みで返される。
いやいやそれはないだろう。
フィディオはに向かってボールを蹴った。
わあ本当だ、ちゃん本当に分身ディフェンスしかできないみたいだ。
よほど癖のない人に教えてもらったのだろう、可もなく不可もない味気なくぎこちないリフティングを20秒ほどやって疲れたと弱音を上げたを見つめフィディオは苦笑いを浮かべた。
「あっ、フィーくん今ちょっと馬鹿にしたでしょ」
「う、ううん! そんなことしないよ」
「いいんですう私が一番わかってますう。リフティングは半田が無理やり教えてきたんだけど、先生も生徒もこんなんだから出来もあれ。ま、私は観る専門だからできなくていいんだけど」
「俺、上手くちゃんに教えられるかな・・・」
「あれ、フィーくんマジで私に教えんの?」
「元からそのつもりだけど。大丈夫だよ、アクロバティックな動きはしないし頭の中で適当に円陣思い浮かべればできるから」
「適当?」
「うん。漫画とかアニメに出てくる円陣でもいいんじゃないかな」
「そ、それで真理の扉的なものが開いちゃっても私あっちにくれてやる部位とかないよ!?」
「うん? とにかく一度やってみよう!」
こうやってこうと言ってオーディンソードを無人のゴールに向け放つフィディオの動きをよく観察する。
頭の中で円陣をイメージして蹴るというのはとても難しく、ボールそのものを真っ直ぐ蹴れないにはハードルが高すぎる。
考えに集中すればボールを蹴るのを忘れるし、ボールを蹴ろうとすれば円陣が三角形になる。
は地面にしゃがみ込むと無理と声を上げた。
「何がいけないんだろう・・・」
「何もかもいけないんだよ、私には難しすぎ」
「いや、動きは合ってるから後は蹴りとイメージを・・・」
「それどっちもできてないってことだよね、フォローになってないよフィーくん」
「ごめん。そうだなあ・・・」
「フィーくんあのね、適当なイメージで一番に出てくるのはフィーくんのオーディンソードなの。フィーくんの魔方陣私も使っていい?」
「むしろ使ってくれるの? 俺のでいいの?」
「うん。だってフィーくんのに憧れてんだからフィーくんとお揃いが一番嬉しい」
あんまりかっこいいから何回も再生しちゃうくらいにばっちり覚えてるよと胸を張って言うに、フィディオは恥ずかしくなった。
それほどまでに気に入られているとは思っていなかった。
がボールを地面に置き、大きく深呼吸する。
体の周りにぼんやりと魔方陣が浮かび上がり、がえいとかけ声をかけボールを蹴る。
威力はお世辞にも強いとは言えない。
軌道も良くはない。
しかし、確かにオーディンソードだった。
できたぁと振り返り確認を求めたに黙って歩み寄りぎゅうと抱き締める。
何かに勝った気がした。
「フィーくんのと比べたらすごく弱っちいけどあれで完成?」
「練習すればもっと強くなるよ。そうだ、強くなったら一緒に試合しよう」
「できるかなあ」
「できるよ。ちゃんと同じチームで戦いたい。試合できるようになるくらいまでまだ練習しよう!」
「え、いや、もうい「さあちゃん!」
俺もスパルタになるかもしれないなと嬉しげに、にとってはちっとも嬉しくない死刑宣告を笑顔で言い放つフィディオにはやだぁと悲鳴を上げた。
「あ、もしもしイナズマジャパンの宿舎ですか? ちゃん全身筋肉痛なんで今日は泊めますから」「に何をしたんだ、フィディオ」