君はバタフライ




 真っ昼間から、見てくれだけは超可愛い女の子とお茶をしていた。
ヘッドホンをして見ればどこへ出しても何を着せても非の打ちどころのない友人なので、通された席もなぜだかやたらと良席だった。
なんとなく居心地が悪くて、足早に店を出た後公園のベンチで仕切り直しても嫌な顔ひとつしないのは、彼女の数少ない内面における美点だ。
ねぇねぇ半田聞いてる?
聞こえない音楽鑑賞、通称現実逃避に耽っていた半田は、くいくいとシャツの袖を引かれ我に返った



「バニラとチョコどっち食べたい?」
はどっちも食いてえの?」
「うん」
「じゃあそれでいいから、俺には半分は残せよ」
、モナカ半分に割れなぁい」
「苦手なのは理科だけだって知ってるからな」



 むうと眉をしかめるに、半田はため息を吐いた。
こんなことならば豪炎寺と一緒に木戸川へ転校してほしかった。
この際鬼道でもいい、とにかく少しは解放されたい。
染岡や円堂のように遠方ではなく会いたい時に会える距離なのだから、変に意地を張らずについていってほしかったし、豪炎寺も攫ってほしかった。
ねぇねぇ半田、デートしよ!
何も考えていないから教室や校庭、とにかく人目につくそこかしこで誘われるたびに突き刺さる視線のなんと多いことか。
あの瞬間だけ半田は世界の中心だよねと笑い飛ばしたマックスの盛り気味の冗談を、悲しいことに否定できない。
目立たない、目立つつもりもない一介の男子中学生が浴びるには刺激が強すぎる感情だ。
源田のパワーシールドで防ぐことができる視線ならば、キーパーへポジションを変えたっていい。



「なあ・・・、俺そろそろやばいんじゃないかな」
「え、どうしたの」
「まあそりゃ単身赴任中は羽目外す奴も結構いるとは聞いたことあるけど、この場合真っ先にやられるのは100パーセント俺なんだよ」
「なるほど?」
さ、豪炎寺の気持ちとか考えたことある?」
「とっておきの香水つけて誰とデートしようかな~みたいな?」
「知っててやってんのか!?」



 大人の世界もお金の世界もよくわからないが、つい最近豪炎寺にちなんだ製品が発売された。
同じ部室で着替えをした仲から言わせてもらうと、「いつ嗅いだかすらわからない」くらい非常にいい香りのするフレグランスだった。
こういうのつければ俺もモテたりするのかなと、うっかり商品に手を伸ばしかけた日もある。
買わなかったのは、お小遣いと度胸が足りなかったからだ。
モテたい意中の女子がいないというのももちろんある。
現状、残念ながらにしか相手にされていない。
香水よりも先に、嫉妬に狂った男どもから泥水を浴びせられる日の方が近いかもしれない。



「マンガの主人公になったかと思えば次は香水のイメージキャラクター・・・。ねえ、修也ってアイドルなの? 実在してる?」
「お前の幼なじみだよ」
「だよねえ・・・。修也、女の子とデートする時ああいう匂いさせてたのね。私いつも汗臭くて焦げ臭い修也しか知らなかったから、なんか変な感じ」
「風丸のも出てたじゃん。風丸もそうだったりして」
「風丸くんのはもちろん買ったっていうか今日もつけてる! どうどう、風丸くんにぎゅってされてる気分にならない!?」
「ハグされたことないからわかんねぇよ」
「えーかわいそう・・・。じゃあ私がハグしてあげる。良かったね半田、友だちが超可愛い上に超親切なマジ天使で」



 ぺろりとモナカ2個を平らげたが、立ち上がるなり両腕を広げる。
完全にハグの体勢だ、これはもっと不味い。
当たり前だが、風丸のハグとのハグはまったく違う。
前者はやめろよ馬鹿で笑って済ませられるが、後者はハグされたら最後抵抗できる気がしない。
いい匂いを漂わせた美少女に抱きつかれて平静でいられるほど、まだ友人に徹しきれていない。
やめろ、馬鹿、来るな。
じりじりと近付くから後退していた半田は、背後からがしりと肩をつかまれ硬直した。
この熱さ、この力強さ、何よりもこの匂いは先日売り場で嗅いだばかりだ。
何をしている、
熱さとは真逆の冷ややかな声に、半田は悲鳴を上げた。
よりにもよって現場を押さえられた、もう逃げられない。



「何って半田とデートだけど」
「俺との約束は?」
「守ってんじゃん」
「デートのついでにな」
「そんな拗ねたこと言って、修也も半田に会えてほんとは嬉しいんでしょ?」
、お願いだからちょっと黙って」
「ああ、ようやく首根っこを捕まえられてほっとしている」
「ほらあ、やっぱり! さすが私、よくわかってる幼なじみいて修也ってば超幸せ者じゃない?」


 やっぱりではない、お手手ぱちんにっこりでもない。
不特定多数の名もなき注目より、たったひとりの射殺すような視線の方が数百倍怖い。
半田は拘束を振り解くと、誤解だと叫んだ。
































 単身赴任で一番羽目を外していたのは、自分ということにされた。
わかっていたとはいえ、幼なじみ贔屓が過ぎる。
浮気相手とか間男とか泥棒猫とか、そういった罵声を浴びせられなかっただけまだマシだと思うことにする。
だって半田よ、まあ半田だもんなで手打ちにしてくれた豪炎寺とをうっかり度量の広い人物だと勘違いするところだった。



「ていうか修也こそ今日はこの後別の予定あるんじゃないの?」
「今日はこの後家に帰るだけだが」
「誰のお家だか。ねぇ半田」
「俺に振らないで、俺はその辺の双葉とでも思って」
「そこまで草食系じゃないでしょ」
「そういう話じゃねぇよ」
「だってさっき私にハグしてもらえそうになってちょっとデレデレしてたでしょ。ほっぺた赤くして、まあ当然だけど」
「やめて、嘘でもそういうこと豪炎寺の前で言わないで」



 嘘じゃありませんとそっぽを向くの隙を突き、脱走を図る。
どこへ行くと豪炎寺に呼び止められ、ちょっと野暮用がと白を切る。
野暮用ならこちらを優先しろと悪びれることなく言ってのける豪炎寺は、やはりの幼なじみだ。
どちらがどちらに影響を与えているかわからないが、良い影響でないことだけは断言できる。
半田は泣く泣くベンチに後戻りすると、豪炎寺の横顔をちらりと見た。
香水をつけずとも女の子が勝手に寄ってくる顔立ちだ。
まったく参考にならない。
風丸の帝国でのチームメイトのなんとかとかいう男のフレグランスを買った方が、まだ親近感が湧きそうな気がしてきた。
モテ男専用とでも売り場に書いておいてほしい。



、忘れてるかもしれないが今日はも俺の家に来るんだろう」
「そうだっけ? でもだったらなんで香水なんかつけてんの。あっ、もしかして木戸川でできた可愛い彼女の2人や3人とデートしてきた帰り?」
「初めから間違っている。雑な焼き餅を妬いて半田を八つ当たりに巻き込むな」
「は? なんで私が修也に妬かないといけないの? 半田だって私がデートしよって誘ったら来てるだけなんだから嫌なら断ってるって。半田こう見えて嫌なことは嫌ってはっきり言うんだから」
もうやめて、今だけ俺のこと忘れて。滅茶苦茶はっきりやめてってさっきから何度も言ってるの聞こえてる?」



 聞こえていないのだろうし聞くつもりもないのであれば、とっとと解放してほしい。
痴話喧嘩に巻き込まれ、今日はどこにいても居心地が悪すぎる。
安息の地がほしい。
2人のいい匂いに包み込まれていても、ちっとも癒されないし気分も向上しない。
焼き餅を妬いているのは豪炎寺だ。
がそんな機微な感情を持ち合わせているわけがない。
当てつけのように自分をデートに誘いだすはずがない。
何にしても、今日一番の被害者は自分なのだが。



「ていうかさ、豪炎寺は今日と会うからいつもと違うようにしたんだろ。良かったじゃん、お前がやっぱり唯一無二の可愛いヒロインだよ」
「そんなの決まってるでしょ。・・・ん? ん? あれ?」
「豪炎寺もさ、単身赴任して独りにさせて不安ならそれなりに気にしてやれよ。の相手するのってすげえ大変なんだぞ、俺がもっと悪い男だったらどうすんだよ」
「どうかするのか?」
「しないけど!」


 言ってもなおピンと来ていないはさておいて、ここまでお膳立てしてやれば後は豪炎寺レベルの口下手でもどうにかできるだろう。
との付き合いは豪炎寺の方が長いのだ、できないはずがない。
かっこよく締めたつもりになった半田は、豪炎寺との間から今度こそ飛び出した。
わぁ待って半田とが甘い香りと共に引き留めようとするが、残り香だって嗅いでやらない。
それはまた、次の機会だ。



「何だったのよ、ったくもう。で? 修也は結局私に会いたくてイメチェンしたの?」
「臭いと言われれば気にはする」
「汗臭いのと焦げ臭いのは今更でしょ。むしろ修也から湿気た臭いしてる方が心配になるっての」


 ところで、なぜも今日に限って普段はつけない香水をつけてきているのだろう。
まさか半田のため?
それはないはずだ、彼らの間には主従関係以外何もないのだから。
豪炎寺は一足先に自宅へと歩き始めたの後を、ゆっくりと追いかけた。




butterfly:①蝶々 ②移り気



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